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<特集>ロボットのいる社会と暮らし

ロボットがそこにいる

 時は2025年。呂簿田家(仮称)に今日も夜が訪れる。ロボットカーがすっと停まると、そこからママが降りてきた。玄関を開けると、子どもたちと人型ロボットが並んで迎えてくれた。「みんないい子にしてた?」「ロボットが勉強を教えてくれたから宿題終わったよ」「ウソデス。タカシクン、ベンキョウヤッテナイ」「なんで言うんだよ!ママ、荷物届いてたよ」「ドローン配送(小型無人機を利用した宅配サービス)になってから速くなったわね」と子どもたちと話しながら、ママは廊下を進みおばあちゃんの部屋をのぞく。
 すやすや眠るおばあちゃんはぬいぐるみのようなヘルパーロボットを抱きしめながら眠っていた。24時間モニタリングしてくれて、ヘルスデータに異常があればスマホに送ってくれるので安心だ。
 「ただいま!」。元気に帰宅したパパは、玄関でロボットスーツを脱いでいる。腰痛がひどくなってきたので、先月から歩行支援のために着用を始めたのだ。「おかえり。ご飯にするわね」。食材は、スマホで送った指示に沿ってロボットが下拵えしてくれている。ママはそれらを冷蔵庫から取り出し、台所に向かった。

活躍のフィールドを広げる現代のロボット

2002年に米iRoboto社が「ルンバ(Roomba)」を販売して以降、ロボット掃除機は世界中の家庭に浸透している。  生活の中でロボットが身近になり始めている。上記は近未来のシミュレーションストーリーだが、日本では現在すでに複数の企業がロボットプロジェクトを本格化させ始めている。
 これまでロボットといえばものづくり産業での活用が主流だったが、非産業用として、宇宙や深海の開発用、建設・災害用、医療・福祉用のロボットが台頭。生活分野でも、警備用、掃除用、コミュニケーション用、エンターテインメント用などと、その活躍フィールドを着実に広げ続けている。何より画期的なことは、技術革新が進み性能の面でも安全性の面でも問題なく使えるレベルに到達しただけでなく、価格が確実に低下していることだ。例えば、TVコマーシャルにも頻繁に登場するパーソナルロボットは20万円程度で、パソコン並みの価格で販売される。こうしたロボットの“コモディティ化”により、そう遠くない将来、一家に一台はロボットを備えるという暮らしが現実のものになるだろう。
 実際、開発者向け初回発売分300台がわずか1分で完売した「Pepper」をはじめ、コミュニケーションロボットやサービスロボットといわれるロボットたちが家庭に入り込もうとしている。高齢者向けのセラピー用として定着したアザラシ型ロボット「PARO」、人間とジョギングできるロボット犬「Spot」などはまさにその一例だ。一クラス上の家電として導入されるロボットもある。「ルンバ」はシンプルな掃除用ロボットだが、愛用者の声を聞いていると、単なる家電ではなく“掃除をしてくれる家族”である。さらには住宅全体をロボット化するという構想もある。
 寝室やリビングルーム、洗面所など、家のあらゆるスポットにセンサーを埋め込み、居住者の体調を管理。異常を検知すると、薬を用意したり、家族や病院へ自動通報したり、行動を起こすというのだ。今までポットや携帯電話の利用で高齢者の活動を見守るという事例はあったが、住宅そのものが知覚を持ち、アクションできる“生命体”と化そうとしている。

街もロボット化が進んでいく

世界各地で、ドローン(小型無人機)による宅配便サービスの計画が発表されている。一方で、飛行禁止区域の問題など国内ではクリアすべき課題もある。  今度は視点を街に移してみよう。そこでもロボットが出現しようとしている。大きな話題となっているのはロボットカー。正確な定義は、“人間の運転なしで自動で走行できる自動車”。先行しているのは米グーグルで、2014年時点で市街地でのロボットカーの走行実験を行っている。日本政府も法改正に向けて議論を開始、日本車メーカーの多くもロボットカーの開発に意欲的で、早ければ2018年ぐらいには実用化するかもしれないという。
 それより早く普及するのは、接客ロボットだろうか。銀行、百貨店など、いくつかのBtoCビジネス企業がコミュニケーションロボットを試し始めている。すでに売り上げ向上に貢献した例もあるという。この延長線上で道案内ロボットも可能性がありそうだ。街角に立ち、日本語でなくても主要な言語で道を尋ねたら、ビジュアルな地図で親切に説明。
 そのうち、街を歩いていて最も接するのはロボットという場面が、日常になっていきそうだ。

SFから生まれたロボット三原則

 時計の針を100年近く戻してみよう。ロボットという言葉の生みの親は、チェコスロバキア(当時)の小説家カレル・チャペックである。1920年に発表したSF劇「R.U.R」のために生み出されたこの言葉は“奴隷労働”から派生した造語だった。ロボットは人間のする単純労働、重労働を肩代わりする人造人間として登場、のちに人間に対して反乱を起こす存在だった。これが影響してロボットは創造主を破壊させる存在と警戒されたが、小説家であり生化学者でもあるアイザック・アシモフは1950年に発表したSF小説「わたしはロボット」でロボットが従うべき3原則(人間への安全性、命令への服従、自己防衛)を示し、これが実際のロボット工学の指針ともなった。
 この文脈を守りながら、人間は“意のままに操れて疲労することのない代用労働者”の発想を歓迎、1960年代ごろから社会に産業用ロボットが登場することになる。そして、その活動範囲は、単なる人間の代わりから、人間にできないことへと広がっていく。人間には及ばないスピードでの溶接・塗装や組み立てる腕型ロボット、過酷な環境をものともせずに前進して危険物を処理するキャタピラー型ロボット、火星や深海などはるかな空間へ送られて人間に貴重な情報をもたらす移動体型ロボットなど、指折り数えればきりがない。しかし、この段階では、ロボットはあくまでも産業界の“高価ながら投資対効果が望める有能な労働者”だった。そして見た目も金属がむき出しの機械そのものだった。

  • 世界各地の大学で研究が進められている医療用ナノロボット。腫瘍への薬物投与や健康管理といった働きが期待されている。
  • NASAと米GMが共同開発した「ロボノート2」は世界初の宇宙用人型ロボットで、惑星探査や遠隔医療の手段として期待されている。

人はロボットとどう向き合っていくか

 それが今ではどうだろう。人と接する機会が増えるにつれ、ロボットは形状がどんどん人に近づいている。やがてはほとんど人と変わらないヒューマノイドが存在感を高めることだろう。SF映画のテーマだった人とロボットの友情も、これからは現実に起こるのか。しかし、“不気味の谷現象”の話もある。これは、ロボットがその外観や動作がより人間らしく作られるようになるにつれ、より好感、共感が増していくものの、ある時点で突然強い嫌悪感に変わると予想した学説の一つである。また、ロボットは仕事を肩代わりしてくれるが、一面では仕事を奪うと言い変えることもできる。ロボットは敵に回さないために私たちはどう生きるべきか。日進月歩の発展を見守りながら、人も“人であること”の意味を考え続けていくことになるだろう。

  • 指先まで動かせるロボット義手が既に完成している。米ジョージア工科大学では、右手を失ったドラム奏者のために、スティックを装着したロボット義手が開発された。
  • 外観や動作が人間に近づくにつれ好感度が高まるが、ある時点で強い嫌悪感に変わり、人間の外観や動作と見分けがつかなくなると再び好感に変わる。この現象を「不気味の谷」という。