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2020年のICTとスポーツの祭典

ターニングポイントは2012ロンドン大会

2020年のICTについて考えるとき、東京でこの年に開催されるスポーツの祭典は、時代の先端技術が駆使されるイベントとして注目されることになるでしょう。日本はそこで世界にどのようなメッセージを伝えるのか。過去2012年と1964年に開催された2つの大会をひもときながら、2020年の東京大会とICTについて考えてみたいと思います。

最初に、前回2012年のロンドン大会を振り返りたいと思います。なぜならこの大会からICTが大きくクローズアップされるようになったからです。BT(ブリティッシュ・テレコム)は、この大会を「過去最大のデジタルオリンピック」と称しました。また開会式にティモシー・ジョン・バーナーズ=リーが登場したことは憶えているでしょうか。彼はWorld Wide Webを考案し、URLやHTTP、HTMLをデザインした英国人の著名な学者ですが、その彼に「This is for everyone」とツィートさせた演出は、この大会がICTと連動するスポーツの祭典になることを強く印象づけることになりました。当時は2007年にiPhoneが登場して以降、スマートフォンの利用者が増加、ネットの世界ではFacebookやTwitterなどソーシャルメディアが世界的な広がりをみせていました。ロンドン大会はこうした時代の趨勢をとらえて周到に準備されていたことがわかります。BBCは全ての競技をネット配信し、全世界からのアクセス数は5,500万、動画の視聴回数は1億600万回を上まわりました。さらにYouTubeにも特設チャンネルを設けてオンデマンド配信を行い、またイギリス国内70カ所の会場でパブリックビューイングを開催、一部では8K画質での中継も行われました。そうした大会の期間中にFacebookでは競技に関する投稿が1億1,600万件以上あったといわれています。

人口構造の変化と直面する2020東京大会

ロンドン大会から本格化したデジタル化とウェブメディアを巻き込んだ流れは、2020年の東京大会でさらに質・量とも加速することは明らかですが、世界が注目するスポーツ大会では、日本ならではの未来につながるビジョンを示すことも問われていると思います。

少し視野を広げてみると、2020年の東京大会(第32回)には別の側面があります。それは世界に先駆けて本格的な人口減少と高齢化社会に立ち向おうとしている先進国によって初めて開催される大会だということです。今から50年前、1964年に開催された東京大会(第18回)と比べるとその意味がわかります。当時の日本は、戦後の復興から高度経済成長へと進んでいた時期であり、人口は毎年100万人が増加、成長する経済を支えるために社会インフラの整備が必要でした。同じ1964年にOECD※1に加盟して名実ともに先進国の仲間入りを果たし、東京大会において戦後復興と経済成長を国際社会にアピールすることができたのです。そのとき整備された新幹線、高速道路、競技施設、大型ホテルなどは50年後の現在も社会や経済にとって大切なインフラであり続けています。

その後、日本の人口は2000年代後半にピークを迎えたのち減少傾向に転じ、世界に類をみない早さで人口の構成が変化しつつあります。とくに生産年齢人口比率※2の低下は著しく、2020年までに60%を割り込み、戦後の1940年代後半と同じ水準になると推計されています。それは単に人口が減るだけではなく、働き方を含めた発想の転換により産業のあり方や成長モデルを変える必要があることを意味しています。

こうした変化をふまえると5年後の東京大会は、成熟期に入る日本が人口構成の変化による諸問題を先端ICTによって解決しつつ、新たな成長に向けたビジョンと戦略を示す機会として位置づけられるはずです。一例として、観光や国際会議など多くの外国人を呼び込むかたちでの国際化を目指すことが挙げられます。日本の歴史や伝統と先端技術を組み合わせて観光資源を育て、訪日外国人ツーリズムを軸に観光産業を活性化させる。こうした戦略を実現するためにICTが果たす役割は大きいといえるでしょう。

2020年のインフラの主役はICTになる

大会の期間中、東京では競技会場を中心に1日に約90万人が訪れ、移動すると予想されています。その際、外国人からのニーズが高いのは、無料で高速な公衆無線LAN環境と、目的地までの正確な交通案内といわれています。後者については、新しい衛星測位システムによって、屋外だけでなく地下街や建物内でも正確な位置情報を提供するナビゲーションサービスが期待できます。一方、英語圏でない我が国が開催する大会ならではのニーズがあります。

それは言葉の壁の解消です。大会期間中に限らず、将来、訪日外国人ツーリズムとして諸外国の人々を受け入れ長期間滞在してもらうことを考えると、言葉の壁を取り払うことは必要不可欠であり、ICTの利活用が大いに期待できる分野です。音声認識や人工知能によって精度の高い自動翻訳や通訳をリアルタイムに提供したり、拡張現実(AR)の技術によってスマートフォンやスマートグラスに映す道案内や街並みの映像上に訳語や詳細情報を多言語で重ね合わせるアプリが実現されるでしょう。加えてこの大会が湿度の高い真夏に開催されることも忘れてはなりません。日本が伝統的にもっている採涼の考え方と環境センシングやエネルギー負荷低減の技術を組み合わせて、選手が十分にパフォーマンスを発揮し、観客が快適に観戦できる環境を準備することも求められます。

50年前には鉄道や道路といった社会インフラが整備されましたが、2020年に向けて日本を際立たせるためのインフラはICTが主役になります。次世代の情報通信ネットワークや先端技術による付加価値サービスを世界に示すショーケースとして、また次の50年の将来を見据えた成長戦略を描くきっかけとして、2020年のスポーツの祭典はまたとない機会になると思います。

※1 The Organization for Economic Co-operation and Developmentの略。経済協力開発機構。

※2 総人口に対して15歳から64歳の働き手の年齢層が占める割合。