新たな創薬の地平線 ~アロステリック創薬~

2020/06/09
バイオサイエンス部 創薬事業室

はじめに

近年、医薬品開発(創薬研究)において生体分子が持つ「アロステリー(allostery)」と呼ばれるメカニズムを利用した新しい医薬品「アロステリック医薬品(allosteric drug)」が注目されています。本コラムではこのアロステリック創薬についてご紹介します。

従来薬が機能するメカニズム

多くの従来医薬品は標的となる生体分子に結合することで効果を発揮します。例えば我々の体内に存在する「酵素」タンパク質は、特定の分子(「基質」と呼ばれます)と結合して、触媒としてその基質に対する化学反応を劇的に速めます。「酵素」はそれぞれに対応する「基質」分子に対して最適化することによりその化学反応の効率を最大化しています。その際「酵素」は、対応する「基質」分子を識別するのに分子の「形」を利用しています[1]。これはしばしば「鍵と鍵穴」の関係と呼ばれており、酵素に空いた「鍵穴」にぴったり対応する「鍵」の形をした基質分子のみが結合できるという考え方です(図1A)。この機構を逆手に取ったものが医薬品であり、「鍵」と似たような形をしつつ化学反応しない分子があれば、この酵素タンパク質の機能を停止させることが出来ます(図1B)。この考え方が医薬品分子を開発する際の基本的なアプローチです。

 

■図1  酵素タンパク質における鍵と鍵穴の関係(A)と阻害剤(B)

 

実際にはタンパク質は酵素に限らず多種多様に存在し、それらが発揮する機能も化学反応の促進に限らず様々です。ですが従来医薬品の多くは前述のアプローチの下で開発されており、これまでの研究・技術の進展により、ゲノム配列から医薬品が標的とするタンパク質が備える「鍵穴」の形状を予測したり、「鍵」の形を改良することで治療薬としての機能を改善したり、既に見つかっている「鍵」が他のタンパク質の「鍵穴」にも結合できるかどうか(すなわち、ある治療薬が別の病気にも効果を発揮するかどうか)を予測することなどが可能になっています。しかし現在では「鍵穴」や「鍵」が調べ尽くされつつあり、新たな医薬品開発戦略が必要となってきています。 

アロステリーとは

タンパク質は「鍵と鍵穴」のアイデアにより自身の機能を最大化すると説明しましたが、実際にはそう単純ではありません。タンパク質の立体構造が明らかになるよりも10年以上前、細菌を用いた実験により、必須アミノ酸の一つであるトリプトファンを合成する酵素において、その生成物(トリプトファン)が酵素の触媒機能を阻害することが示されました[2]。単純に考えると、酵素が触媒生成した生成物が酵素の「鍵穴」を塞いだため、次の触媒反応に進むことが出来なかったと思われるかもしれませんが、この実験の重要な点は酵素の基質分子と生成物分子の「形(立体構造)」が大きく異なっていることです。この点を考慮すると、この実験結果は、酵素が基質に対する「鍵穴」と生成物に対する「鍵穴」を共に備えており、これら両鍵穴間で何らかの相互作用が行われていることを示唆しています(図2)。後にこのアイデアは、ギリシャ語の「異なる」という意味の語「allos」と「形」という意味の語「stereos」を組み合わせて、「allostery(アロステリー)」と名付けられました[3]。分子の「形」に注目したアロステリーはその後の研究の進展により多くのタンパク質が備えていることが明らかになったうえ、近年では新しいアロステリーとしてタンパク質の「揺らぎ」が変化する「ダイナミックアロステリー」[4,5]や、タンパク質が誘電応答する「誘電アロステリー」[6]が見つかっています。

 

■図2 アロステリーの例。基質から生成物への反応を触媒する酵素が、基質結合ポケットとは別の位置に生成物が結合するポケット(アロステリック部位)を持っている。ここに生成物が結合すると基質結合部位に何らかのアロステリック相互作用が生じ、基質結合を阻害する効果が生じる(フィードバック阻害。この例では、右側のポケットに生成物が結合してしまった事により、左側の基質結合部位の形が変化してしまう事で、結果として基質の結合を阻害している)。

アロステリック創薬

アロステリック創薬は、タンパク質が持つアロステリーの仕組みを活用した医薬品開発です。アロステリック医薬品の従来薬に対するメリットは、①従来薬に比べ副作用が少ない点、②阻害薬 (inhibitor)だけでなく活性化薬(activator)を作成できる点、③創薬ターゲットが豊富に存在する点、と考えられます。①について、従来薬はタンパク質の鍵穴に結合するよう設計しますが、似たような形状の鍵穴を備えたタンパク質が複数存在する場合があります。それ故、医薬品分子が標的以外のタンパク質に結合することで予期せぬ副作用が生じることがしばしばあります。しかしアロステリーを引き起こすアロステリック部位はそのタンパク質固有であることが多いことから[7]、その「鍵穴」に最適な医薬品分子を設計すれば副作用は生じないことが期待できます。また②について、アロステリーにはタンパク質の機能を活性化するものも存在するため、その効果を狙った医薬品開発が可能です。③については、そもそもの医薬品開発の戦略が従来のそれとは異なり、手つかずの領域が幅広く残されているため、創薬フロンティアとして有望です。
一方でアロステリック創薬はまだまだ研究途上にあり、これまでに医薬品として上市したものは多くありません[7]。代表的なものとして、2015年の大村智先生のノーベル生理学・医学賞受賞へつながった経口駆虫薬イベルメクチンが挙げられます(図3A)。イベルメクチンは寄生虫が持つ神経・筋細胞に存在するイオンチャネル(※1)に結合し、本来のトリガーとなる分子(グルタミン酸)が存在しなくともイオンチャネルを開きっぱなしにしてしまい、その結果寄生虫を麻痺・死滅させます[8](なお最近COVID-19治療薬としても期待されていますが、その作用機序は上記と大きく異なるようです[9])。また第三相臨床試験を実施中のアロステリック医薬品の例として、心不全治療薬omecamtiv mecarbilが挙げられます(図3B)[10]。このアロステリック医薬品は筋肉を構成するミオシンタンパク質に作用しますが、心筋のミオシンに対してのみ特異的に作用し、骨格筋や平滑筋には作用しないという特徴があります。

 

 図3(A)グルタミン酸開閉型塩化物イオン受容体とイベルメクチンの複合体構造(RCSB Protein Data Bank [11]からダウンロードしたPDB ID: 3RIFを元にOpen-Source PyMOLを用いてMKIにて作成) (B)心筋ミオシンとomecamtiv mecarbil複合体構造(RCSB Protein Data BankからダウンロードしたPDB ID: 5N69を元にOpen-Source PyMOLを用いてMKIにて作成)

 

 

※1 細胞膜等に埋め込まれた形で存在するイオンを透過させる穴(channel)。イオンチャネルを通じてナトリウムイオンや塩化物イオンを選択的に透過させることにより、細胞内のイオン濃度を一定に保つといった役割を担う。

アロステリック創薬の実現に向けて

以上のようにアロステリック創薬は非常に魅力的な創薬ターゲットですが、一方で従来の創薬手法ではアプローチが困難であるという障壁を持ちます。その理由の一つが、従来の医薬品開発において使用されていたX線結晶構造解析等による高分解能立体構造が使用できない、という点です。アロステリック医薬品が結合する「鍵穴」は、タンパク質が通常状態として存在するときには表に現れず、そのタンパク質が機能する過程においてのみ現れる(レアイベント)ことが多いためです。この構造を調べるための有力な方法の一つが、(拡張アンサンブル法を使用した)分子シミュレーションとなります。

MKIは長年にわたりコンピューターを用いた分子シミュレーションにより、数多くの創薬研究をご支援して参りました。より安全で、より効果的な新薬の実現を目指し、MKIはこれからもIT技術を駆使してお客様の創薬研究を加速させます。

参考文献

1. 津田健吾「分子の『形』から眺める生命現象とその理解」https://www.mki.co.jp/knowledge/column78.html, 三井情報株式会社 2020年4月

2. Novick A, Szilard L (1961) Experiments with the chemostat on the rates of amino acid synthesis in bacteria. Dynamics of Growth Processes:21–32.

3. Monod J, Changeux J-P, Jacob F (1963) Allosteric proteins and cellular control systems. J Mol Biol 6:306–329.

4. Cooper A, Dryden DT (1984) Allostery without conformational change. A plausible model. Eur Biophys J 11:103–109.

5. Saavedra HG, Wrabl JO, Anderson JA, Li J, Hilser VJ (2018) Dynamic allostery can drive cold adaptation in enzymes. Nature 558:324-328.

6. Sato T, Ohnuki J, Takano M (2016) Dielectric Allostery of Protein: Response of Myosin to ATP Binding. J Phys Chem B 120:13047-13055.

7. Sheik Amamuddy O, Veldman W, Manyumwa C, et al. (2020) Integrated Computational Approaches and Tools forAllosteric Drug Discovery. Int J Mol Sci 21:847.

8. Goodsell DS著、工藤高裕訳「今月の分子 191:グルタミン酸開閉型塩化物イオン受容体」https://numon.pdbj.org/mom/191?l=ja, PDBj, 2015年11月

9. Caly L, Druce JD, Catton MG, Jans DA, Wagstaff KM (2020) The FDA-approved drug ivermectin inhibits the replication of SARS-CoV-2 in vitro. Antiviral Res 178:104787.

10. Planelles-Herrero VJ, Hartman JJ, Robert-Paganin J, Malik FI, Houdusse A (2017) Mechanistic and structural basis for activation of cardiac myosin force production by omecamtiv mecarbil. Nat Commun 8:190.

11.  RCSB Protein Data Bank, https://www.rcsb.org/

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