次世代医療の実現を目指して。ヘルスケア研究の最前線-欧州バイオバンクの紹介

 
2019/11/18

 

 

バイオサイエンス部 バイオサイエンス室

はじめに

 

 

2018年12月13日公開のコラム「ライフサイエンス分野のデータ利活用基盤『バイオバンク』」では、ライフサイエンス分野のデータ利活用基盤としてのバイオバンクの役割と機能について紹介させて頂きました。今回は、世界の中でもバイオバンク活動の歴史が長く、利活用が進んでいる欧州各国のバイオバンクの取組みを紹介したいと思います。

世界中で最も利用されている英国住民バイオバンク:UK Biobank

英国のUK Biobank※1は、中高年で有病率の高い疾患(がん、心疾患、脳卒中、糖尿病、関節炎、骨粗鬆症、認知症など)の遺伝的・環境的要因を探索するため、40歳~69歳の英国国民50万人の生体試料とゲノムデータ、健康・医療情報を収集して世界最大規模の情報資源を構築し、世界中の研究者に提供することを目的とした慈善事業団体です。2006年から参加者の募集を開始し、2010年には50万人分の登録を完了していますが、現在も追跡調査として定期的なフォローアップやアンケートを実施しています。また2016年には、10万人のMRI画像データ収集プロジェクトを開始し、既に4万7千件を超える脳、心臓、骨、頸動脈、腹部脂肪の画像データを取得しています(2019年11月18日現在)。さらに、英国の医療保障制度であるNHS(National Health Service)のレジストリやナショナルデータベースに登録されている受療情報、罹患、死亡等の情報との連結も進められています。

 

こうした精力的かつ地道な活動の結果、現在では同一人物のゲノムデータと画像データ、その他生体内データを組み合わせて解析することが可能になりました(下図)。一方、バイオバンク利用者に対しては、研究終了後12か月以内、もしくは論文発表後6か月以内に研究で得られた成果やデータをUK Biobankに提出することを義務付けていますが、ここで集められた情報もまた貴重なバイオバンク資源として登録され、後続の研究者に活用されます。このようにしてUK Biobankはその価値を日々更新し続け、世界中の研究者による利用件数も増加の一途を辿り、研究成果は今や科学論文900報以上にて発表されています。

 

■UK Biobankが収集、配布している生体内データ
出典:Bycroft, C., Freeman, C., Petkova, D. et al. The UK Biobank resource with deep phenotyping and genomic data. Nature 562, 203–209 (2018) doi:10.1038/s41586-018-0579-z, Fig. 1: Summary of the UK Biobank resource and genotyping array content, licensed under a Creative Commons Attribution 4.0 International License.(https://www.nature.com/articles/s41586-018-0579-z/

 


私は2018年10月に米カリフォルニア州サンディエゴにて開催された米国人類遺伝学会に参加してきましたが、UK Biobankのデータを活用した研究発表は170件を超え、至るところでUK Biobankの名前を目や耳にしました。住民バイオバンクは成果が得られるまでに大変な労力と時間がかかり、多額の資金と忍耐を要する事業であると言われていますが、UK Biobankは世界中の研究者が多種多様な研究目的で利活用できる段階にまで成長したことを実感しました。

 

 

※1 UK Biobank:https://www.ukbiobank.ac.uk/

フィンランドの国家政策と画期的疾患バイオバンク: Auria Biobank

欧州のいくつかの国では、バイオバンクの設立や運営、資源の利活用の方法、参加者の保護等に関する規定を法律で定めており、国ごとにその内容は異なります。2012年に制定されたフィンランドのバイオバンク法は、7年もの期間を費やして検討されたと言われており、2000年代初頭に制定された他国のバイオバンク法の問題点や課題を解決するような画期的な内容となっています。①国家当局による規制、②参加者の保護、③バイオバンクの利用促進、の三原則から成り立っているのが特徴で、国がバイオバンクの登録や監査を行い、参加者の権利とプライバシーをしっかり保護しながらも、産業界を含むバイオバンク利用が推進される内容となっています。この法律が施行されてからというもの、フィンランドのバイオバンクは国内外の研究者による利活用が劇的に増加し、製薬企業との共同研究も活発化しています。バイオバンクを運営する側にとっても、この法律によって倫理的問題がほぼ解消し、透明性も高まって運営しやすくなったとのことです。

 

フィンランドのAuria Biobank※2は2012年に設立された病院併設型のバイオバンクで、同国のトゥルク大学病院(Turku University Hospital)とその関連病院から診断用試料と臨床情報を収集し、治療後も追跡調査を行っています。バイオバンクは一般的に研究支援のためのインフラストラクチャと位置付けられていますが、Auria Biobankではバイオバンク自らが顧客視点で価値を創造すべきと考え、「プロダクト中心アプローチ」から「顧客中心アプローチ」へと積極的な転換を図っています。例えば、過去10年以上に渡って病院内に蓄積された種々の臨床情報を整備し、個別化医療や新薬開発全フェーズに有益な独自の解析サービスを開発、提供しており、学術機関や製薬企業との共同研究を数多く獲得しています。また、バイオバンクで管理する生体試料やデータの品質を最重要視しており、バイオバンク活動に関わる全ての手順に対してSOP (Standard Operation Procedures)やWP (Working Procedures)を作成し、徹底した品質管理を行っています。さらに、Auria Biobankは多数の共同研究から得られた資金をバイオバンク活動に充てることで、自立的運営を実現させています。バイオバンクの資金調達と自立的運営はどの国にも共通する大きな課題となっていますが、Auria Biobankではフィンランドのバイオバンク法を味方につけ、独自の有益なサービスを展開することによって、その課題をクリアしています。

 

 

※2 Auria Biobank:https://www.auria.fi/biopankki/en/index.php?lang=en

オランダ北部の三世代住民バイオバンク: Lifelines

血縁関係のない任意の2人のゲノムを比較した場合、300万~1,000万箇所もの塩基の違いが存在すると言われていますが、生物学的親子関係にある2人の間では、その違いはわずか100箇所程度に減少します。すなわち、親から遺伝情報を受け継ぐときに生じる遺伝子の変異(新生突然変異)は非常に少なく測定誤差の除去も容易なため、より効率的に疾患要因を特定することができます。

 

オランダのフローニンゲン大学(University of Groningen)とフローニンゲン大学医療センター(University Medical Center Groningen)は、2006年に世界に先駆けて三世代にわたる家系付き住民バイオバンクLifelines※3を開始しました。慢性疾患(特に、喘息、糖尿病、腎不全)の発症や、健康長寿の遺伝的要因と環境要因の相互作用を明らかにすることを目的として、人口移動率が低いオランダ北部3州の住民とその家族167,000人以上(地域住民の10%に相当する)の生体試料と生体内データ、生活習慣アンケート等を収集しており、今後30年以上をかけて追跡調査を行う計画です。家系データを活用して、遺伝性、非遺伝性疾患の切り分けや、ゲノムインプリンティングと遺伝的影響の研究、社会的特性の調査等を行っています。

 

 Lifelinesの最近の取組みとして、母子コホート研究プロジェクト「Lifelines NEXT」と、薬剤コホート研究プロジェクト「PharmLines」を紹介します。「Lifelines NEXT」は、妊娠中のダイエット等環境要因の影響や、マイクロバイオーム(細菌叢)、遺伝的背景、新生児の免疫状態を分析し、妊娠中の健康や病気のリスク因子を特定することを目的としたプロジェクトです。1,500人の妊婦を対象に、妊娠期間中1カ月ごとに血液検査や細菌叢検査を実施、出産後は母親と新生児を対象に12ヶ月間同様の検査を実施してデータを収集し、研究に活用しています。

後者の「PharmLines」は、オランダ認定薬局の処方データベースとLifelinesのデータを組み合わせて研究を行うプロジェクトで、リアルワールドデータを用いた個別化医療や薬物動態の評価、薬物アドヒアランス、薬物相互作用、薬理遺伝学、薬物再発見、薬剤経済学などの分野において、新しい研究の可能性が広がることが期待されています。

 

 

※3 Lifelines:https://www.lifelines.nl/

おわりに

欧州では、BBMRI (Biobanking and Biomolecular Resources Research Infrastructure)という、欧州全域に存在する数百ものバイオバンクのハーモナイゼーションを推進する取組みがあります。BBMRIについては次回以降に紹介することにします。

 

MKIでは、バイオインフォマティクスや計算創薬分野の研究開発やサービス提供のみならず、ライフサイエンス分野の国内・海外動向調査も実施しております。ここで蓄積したナレッジを更なる付加価値として提供していく事で、お客様の発展に寄与できればと思っております。

 

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