大学生にデザイン思考の授業を行って考えたこと

公開日:2023/02/14

はじめに



昨年12月、県立広島大学の地域創生学部にお招きいただき、学部3年生を対象にした特別講義のなかで、デザイン思考について授業を行いました。
デザイン思考とはデザイナーの発想や態度に学びながら創造的に解決策を生み出そうとする考え方で、これまでの延長線上ではなく新しい発想が求められるシーンで広く活用されています。今回のコラムでは、筆者がこの授業をどのように組み立てたのかを紹介しながら、あわせて「学び」という視点からみたデザイン思考の勘所についてもふれてみたいと思います。


授業のつかみをどうするか

大学生、それも非デザイン系の(デザインを志していない)大学生に向けてデザインについて授業をするには、デザインを身近なものとして感じてもらう必要がありました。仕事柄、セミナーなどに登壇することもありますが、あらかじめテーマに関心をもって参加している聞き手を対象とする講演と大学生にむけた授業では違ったアプローチが必要です。
授業を担当するにあたり、改めて広島についてリサーチしてみると興味深いことに気づきました。広島はマツダ、カルビーの創業の地であり、最初の国産万年筆を製造したセーラー万年筆、日本ではじめてのヨーグルトを発売したチチヤスなど、数々のイノベーションを生み出しているのです。そこでまず、話の導入として「創造性」というキーワードを用意しました。
現代ではデジタル変革がもたらす環境変化によって、予想もしないような非連続な変化が次々と起っています。そのなかで飛躍的に発想し、横断的にさまざまな人と共創しながら、新しいアイデアを生み出す「創造性」が求められている。そんな話から授業を始めました。

デザインの広がり

続いて産業とデザインのかかわりについて俯瞰していきました。例えば日本の産業においては、パナソニックの創業者である松下幸之助が、1951年に米国を視察して「これからはデザインの時代だ」と語り、デザイン部門を立ち上げたことがターニングポイントだったといわれています。その後、1957年に経済産業省(当時の通産省)が、デザインを通じて産業や生活文化を高める運動としてグッドデザイン賞を創設します。この賞は欧米の模倣が多かった戦後日本の産業界でデザインの水準をあげるための振興策として始まりました。当初は意匠(見た目のデザイン、スタイリング)として優れた製品の普及という役割がありましたが、そもそも卓越した意匠の背後には問題の発見と解決というデザインの営みが含まれています。そして、現在では社会課題の解決を後押ししたり、教育、環境、福祉など世の中を変える体験や仕組みもグッドデザインとして入賞するようになっています。意匠としての工業デザインから始まったデザインですが、その対象は広がりをみせているのです。

そうした例のひとつとして、2022年度のグッドデザイン大賞に選ばれた「地域で子どもたちの成長を支える活動(奈良県生駒市の[まほうのだがしやチロル堂])」*を紹介しましたが、このあたりから学生たちの雰囲気が変わっていくのを感じました。いまの若い世代は、小さくても自分なりに意義を見出せるような、世の中をより良くする挑戦に前向きであることは理解していましたが、グッドデザイン賞の事例をふまえつつ話すことで、まだ存在していない選択肢を創るというデザインの本質が伝わっていったように思います。

そこから核心であるデザイン思考へと授業を進めました。デザイン思考は本来、領域横断的な共創に適した考え方であり、当たり前だと思っていた前提を問い直し、アンラーニングすることであるという話をして、さらに実践のポイントについて解説しました。

*地域で子どもたちの成長を支える活動 [まほうのだがしやチロル堂]
 https://www.g-mark.org/award/describe/54517?token=x2Zks26wag

大切にした2つの視点

次にどのような視点でこの授業を組み立てたのか振り返ってみたいと思います。
最初の視点は「足場かけ」です。
「足場かけ」とは学習者をより難易度の高い学びへと引き上げるための手助け、あるいはワークショップの参加者に発想を深めたり、広げてもらうためにファシリテーターが繰り出す問いのことをいいます。
IT 業界ではメッセージを発信する側が一方的に関係をつくり、受ける側がそれに妥協せざるを得ないことも多く、バズワードの氾濫はその典型です。そこに便乗したプレゼンテーションに慣れてしまうと、足場をかけるという配慮が欠けてしまいがちです。
今回の授業では、デザインそのものに馴染みのない学生にいきなりデザイン思考について講義をするのではなく、「創造性」というキーワードを使って授業の導入とするなど、ワークショップにおける足場かけと同じようなアプローチをとりました。

学習の分類から考える

もうひとつは「ノンフォーマルな学習」という視点です。
デザイン思考のワークショップを設計するとき、参考にしている学習の分類があります。OECD が 2011 年にまとめたもので、学習を次の3つのタイプでとらえます。
①フォーマルな学習 ②ノンフォーマルな学習 ③インフォーマルな学習
筆者なりの言葉で補いつつ説明すると、フォーマルな学習とは学習目標、カリキュラムが定義されている学びのことです。企業でいえば研修がそれに該当します。インフォーマルな学習とは、例えば旅に出るという体験のなかで得られる学びなど、意図しない出来事から得られるような学びです。
ノンフォーマルな学習は、フォーマルとインフォーマルの中間にあたります。ワークショップなど経験のなかで学ぶ自由度の高い学習でありながら、計画された活動にもとづく学びです。デザイン思考を学んだり実践する際にワークショップという形をとるのは、このノンフォーマルな学習が適しているからです。

2010 年代以降、デザイン思考は広く知られるようになりましたが、画一的な手法として誤解されてしまい、本来デザインという行為に備わっている創造性を引き出すための知見がビジネスの現場で活かされていないという問題が指摘されています。また、ある手順を踏みさえすればアイデアが生まれるというフレームだけが一人歩きしていることに対して、デザインの実践者からも疑問が投げかけられてきました。
その原因についてさまざまな考察がありますが、企業において研修で人を教育するという発想のまま、すなわちノンフォーマルな学習という視座を欠いたまま、デザイン思考の導入プロラグラムを組んでしまったというボタンの掛け違いがあったのではないでしょうか。残念なことに、形はワークショップのように見えても、中身はカスタマージャーニーマップの作り方研修、ペルソナの書き方研修になってしまっているケースも見受けられます。

今回、できればワークショップをとおしてデザイン思考を知ってもらいたかったのですが、授業として履修している学生に突然「ワークショップをやります」というわけにいきません。また講義とファシリテーションでは、実施する側にとっても別の準備が必要です。そこで講義という形をとりつつも、できるだけノンフォーマルな学習になるように意識して授業を組み立てました。授業後のアンケートで学生から次のような回答をいただき、その設え(しつらえ)は上手くいったように思います。

「デザインについて思っていた固定観念を覆すことができた」
「講義前には、正直に言うと『デザインなんて興味無いな』と思っていたが、想像を超える内容だった」
「美術の授業の進化版みたいで、内容が面白かったです」
「これまで全く考えもしなかったデザイン思考の概念に触れることができた」

どれもありがたいコメントばかりで、研修やセミナー講演とは一線を画した学びの機会を提供できたという手応えを感じました。

おわりに

筆者はR&D部門に所属しており、大学での授業は研究開発に携わるなかで得られた知見を社会に循環させ、未来を創るために種を蒔く活動だと考えています。そして「人は教えつつ学ぶ」という言葉があるように、教えることと学ぶことは互いに響き合っています。大学生、それもデザインを学んだことのない大学生に向けてデザイン思考について授業をするという経験は、自身が取り組んでいる創造性を引き出すワークショップについて考える良い機会にもなりました。今後は社会課題の解決をテーマに、さまざまな大学や学生たちとワークショップでつながりたいと思っています。

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