IT技術による核酸分析と新型コロナウィルス

2021/09/06
バイオヘルスケア技術部 バイオサイエンス技術室

はじめに

三井情報はバイオサイエンスの様々な領域でサービスを展開しています。

核酸医薬やmRNA医薬といった核酸を用いた新規な医薬品の分析もまた、当社バイオヘルスケア技術部がスコープとする分野のひとつです。

今回MKIナレッジでご紹介するのは、当社製ソフトウェアである質量分析を用いた核酸解析プラットフォーム「AQXeNA(アクジーナ)」と、今後の歩みについてです。

■「AQXeNA」のロゴ
ロゴにはオリゴ核酸の二重らせん、質量分析のスペクトル、日本製であることを表す折り紙の意匠が取り入れられている。

 

 

 

■「AQXeNA」の操作画面

核酸解析プラットフォームAQXeNA

核酸医薬*1.2はアンチセンスやsiRNA、アプタマーといった核酸を用いて生体内の分子反応に干渉する新規な医薬品です。核酸医薬は今までは治療が困難だった疾患に対応できるモダリティとして、近年注目を集めてきました。ここ十年ほど更に核酸医薬の開発と認可が続き、特に脊髄性筋萎縮症治療薬であるスピンラザ(化合物名ヌシネルセン)は核酸医薬初の大きな需要に応えるブロックバスター(大型医薬品)として成功を収めました。

核酸医薬は、DNAやRNAのような天然型の核酸に加え、化学的に様々に変更されたヌクレオシドやリンカー、そして末端修飾からなっており、核酸医薬の品質や構造の分析としては液体クロマトグラフィー(LC)と質量分析法(MS)を用いたLC-MS*3あるいはLC-MS/MS*4といった手法が特に重要視されています。しかし、これらの実験法から得られる膨大なデータは、解析の担当者に深い熟練と多大な労力を要するものでした。

「AQXeNA」は、このような解析担当者の目視に代わって、多様な核酸に対応し、LC-MSあるいはLC-MS/MSデータを高速・自動・ベンダフリーで解析するシステム(下図)として開発されました。

■解析のための「AQXeNA」の機能

 

以下、AQXeNAの特徴を挙げてご説明しましょう。

AQXeNAは、核酸を用いた次世代創薬の研究と生産のための高精度・ハイスループット・ベンダフリーな解析プラットフォームで、理化学研究所及び東京都立大学の協力のもと、当部署にて開発された純国産ソフトウェアです。

AQXeNAでは多様な天然/人工核酸からなる配列の扱いが可能です。AQXeNAに搭載されている参照用データベースは核酸配列のパーツとして、ヌクレオシド、リンカー、末端修飾、そしてLC-MS/MSによって観測されるこれらのパーツから出現するフラグメントイオンまでを登録可能です。また、使用頻度の高い核酸配列のパーツは予め登録されています。

AQXeNAの解析モジュールはデータベースの情報を参照し、LC-MSやLC-MS/MSから得られるクロマトグラムおよびスペクトルデータを用いて核酸代謝物の同定や評価といった手間や時間のかかる一連の解析を自動で実行します。配列を同定する際には末端や内部のdeletion、チオリン酸とリン酸の置換、事前の酵素消化が考慮され、これらに加えユーザーによる柔軟なmodificationの定義も可能です。フラグメントイオンの同定とスコアリングには、理化学研究所によって開発されたAriadne (Nakayama H et al. Nucleic Acids Res. 2009;37(6): e47.) を採用し、高精度な評価を可能としています。

AQXeNAの自動解析機能により、研究者が知的作業に集中できるだけでなく、人為的な見落としの防止による解析結果の正確性と信頼性の向上にも期待できます。


このようにして「AQXeNA」は核酸医薬向けの分析ソフトウェアとして2020年6月に初版リリースされましたが、この開発の最中、恐ろしい疫病、新型コロナウィルスのパンデミックが人類を襲いました。

 

*1 「核酸」:生命の遺伝情報を担う遺伝子の構成物質のこと。DNAやRNAといった種類がある。 
*2 「核酸医薬」:近年開拓されつつある新規な医薬品の一種。生命現象を支える根源的な分子相互作用への直接的な干渉によって様々な疾患をその治療対象とし得る。
*3 「LC-MS」:液体クロマトグラフィー-質量分析計
*4 「LC-MS/MS」:液体クロマトグラフィー-タンデム質量分析計

新型コロナウィルスの流行とmRNAワクチンの開発

2019年の末、中国武漢市に始まった新型コロナウィルスCOVID-19の世界的なパンデミックによって、世界の死者は2020年には180万人、本稿執筆時点である2021年8月には400万人を超えるまでとなりました。この大きな不幸を前に、多くの科学者がワクチンの開発に挑みました。けれどワクチンの開発には十年を待たねばならない、その常識を打ち破り、一躍、世界の表舞台に立ったワクチン技術が、皆様ご存知であろうファイザー社やモデルナ社といった製薬企業が実用化した「mRNA*5医薬*6によるmRNAワクチン」です。「mRNAワクチン」はおよそ半年という驚異的な開発スピードでもって上市され、しかも、新型コロナウィルスへの有効率としておよそ95%という期待を遥かに上回る数値を叩き出しました。


このワクチンの開発は、当社でも衝撃を持って迎えられました。衝撃の理由は2つ、1つはその開発スピードと性能です。そして私達にとってmRNAワクチンの開発が衝撃だったもう1つの理由、それが「AQXeNA」でした。

核酸医薬の分析を用途として見込み開発されてきた「AQXeNA」ですが、核酸医薬とmRNA医薬は、ともに核酸をその原料とする医薬品です。mRNA医薬も同じ材料である核酸を含む以上、「AQXeNA」は間違いなくmRNAワクチンの分析にも利用できる、その事実に私達はすぐに気が付きました。

 

*5 「mRNA」:体内でタンパク質を合成する際に利用されるRNAの一種。
*6 「mRNA医薬」:mRNAを用いた新規な医薬品の一種。mRNAを介して任意のタンパク質を人間の体内で生産させることができる。

核酸分析プラットフォーム「AQXeNA」の挑戦

ソフトウェアの開発が決まったとき、核酸医薬もmRNA医薬もどちらも最先端の医薬品でした。特にmRNA医薬はまだ実用化もされていませんでしたから、「AQXeNA」は核酸医薬を主たるスコープとして開発されていました。そのため、新型コロナウィルスのパンデミックとmRNA医薬の急速な実用化と、そしてワクチンの性能までは、完全に予期せぬものでした。

そして、この予想外な世界状況に対応するための基本的な準備が、「AQXeNA」の開発によって既に整えられていました。

さて、驚異的な速度で開発され、その効果も証明された新型コロナウィルスのワクチンでしたが、ワクチンの製造時の品質や保存状態をどうやって分析して管理すれば良いのか、世界中で手間取り、困っているのが現状です。私達の新しいソフトウェア「AQXeNA」は、これらの品質管理や保存状態による薬剤への影響の分析の助けとなることができるでしょう。

当社では、核酸医薬向け核酸同定ソフトウェア「AQXeNA」のmRNAワクチン対応を早急に実現することを決断しました。もちろん核酸医薬を分析するのと同じ原理でmRNAの分析にも対応できるとはいえ、それでもたくさんの修正や機能の追加をしなければなりません。しかし、mRNAワクチンへの対応は、世界のこれから数十年先までの医薬トレンドに対応する、確実に訪れるだろう未来への必須の一手だと考えています。

私達の夢

最後になりましたが、私達には夢があります。世界中の病気に怯えるあらゆる人々を救う、あるいは救う人の助けとなりたいという、誰に対しても恥じることのない、当たり前で平凡な夢です。紆余曲折があったとしても、こういう平々凡々な夢が集まって、人類は少しずつ良い方向へ歩んできたのだと確信しつつ、私達は日々仕事を進めています。

もし、こんな夢を共有できると思ってくださったならば、どうか私達に声をかけてください。多くの挑戦を共に乗り越えるパートナーとなるべく、私達は皆様のお問い合わせをお待ちしております。

 

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ここまで読んでくださってありがとうございます。三井情報バイオヘルスケア技術・営業部では一緒に働ける仲間も募集しています。もしこれを読んでくださった方が、バイオサイエンスに興味を持って、三井情報の仲間に加わっても良いなと思ってくれたなら、僕はとても嬉しく思います。

三井情報で働くのもなんだか面白そうだなあと思ったら、いつでも連絡してくださいね。

それではまた、次のコラムで。

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