高速光伝送技術と伝送方式

2020/10/16

社会インフラ第一技術部第二技術室

はじめに ~進化する通信方式と帯域~

OTN(Optical Transport Network)という単語やキーワードを聞いたことがありますか?
OTNは電気通信分野における国際標準機関である国際電気通信連合 電気通信標準化部門の勧告 ITU-T(International Telecommunication Union – Telecommunication standardization sector)G.709で規格されている通信規格です。通信の歴史は、そもそもは電話を効率よく遠くに安定して(低遅延で)届けることを目的としていました。音声伝送自体もPCM(Pulse Code Modulation)から本格的にデジタル伝送技術を取り入れ黎明期はそれなりに苦労してネットワーク(以下 NW)を構築していましたがトランジスタの登場、光Fiber技術の登場、LSI等デジタル信号処理技術の登場と技術革新が進み身近な物になりました。この音声NWデジタル回線(交換)基礎技術はデータ通信へ転用され通信需要はEthernetの登場で音声通信からデータ通信に移行すると同時に通信回線の高速広帯域通信の需要は爆発的に伸びてきました。


図1にデータ通信に適用されてきた代表的な通信規格(インタフェース種別、以下 IF)とそのIF 1本が提供している帯域処理能力毎の推移を示します。

 

 

■図1 進化する通信方式と帯域

 

高速広帯域光通信需要は、高性能なパーソナルコンピュータの普及により2000年頃まではメタル回線や低速の無線で構成されていたアクセス系NWにも光Fiberが適用されFTTH(Fiber To The Home)の普及で末端まで広帯域サービスが提供される様になり、企業専用線はもちろん放送、医療、教育、商業そして一般家庭にはADSL/VDSLの普及で一気に広がりました。モバイル環境においてはWi-Fi、3G、4Gによるスマートフォンの普及で基地局を接続するメトロNWも広帯域化が進み、これらアクセスNW、メトロNWを収容するバックボーンを構成する長距離伝送NWへのトラフィックは超爆発的に増加しています。さらに2020年からは5Gの登場でエッジ側がさらに高速広帯域化されることによりコア側の高速広帯域化への要求は留まることはありません。

光伝送長距離高速化技術 デジタルコヒーレント

この様に物理NWとして上位にある伝送装置は多種多様なIFを収容することが要求されますが、収容するIFやアプリケーションから見れば伝送装置は単なる線(インフラ)として振る舞うことが求められます。この為伝送装置では音声等コネクション型同期伝送方式と、データ通信等コネクションレス(不要)非同期伝送と方式の異なるIFを同時に扱えるSTM(Synchronous Transfer Mode)又はTDM(Time Division Multiplexing)、同期多重化型カプセリング技術式としてSONET/SDH(Synchronous Optical Network/Synchronous Digital Hierarchy)が使用されてきました。


SONET/SDHによるデータ多重方式の基本単位は音声等固定帯域を扱うTS(Time Slot)多重の為、最小単位は伝送装置の仕様で変わりますが、音声1ch分の64k単位やSTS-1と呼ばれる1.5M単位でセクションを組み合わせ、色々な帯域や回線交換を固定長のセクションで行います。伝送装置ではこの回線交換をCross-Connect(XC)やOptical Cross-Connect(OXC)と呼びます。この固定長のフレームに対しフレームサイズが可変長方式のEthernetフレームの多重においては、単純なTS多重方式では多重効率が悪くなることもありGFPマッピング方式(Generic Framing Procedure)が開発されトランスポートレイヤでの可変長フレームデータ多重伝送としての親和性も確保される様になりました。
SONET/SDHは規格としては200GのOC-3840まで規定はありますが実際には構成技術要素により10GのOC-192(短距離であれば40GのOC-768)までしか普及しておらず、データ通信としては10GEthernetとニーズは少ない40GEthernetまでの多重伝送方式として使用されてきました。
しかし世の中は先に記載した様に、端末側の高性能化に伴い、より高速広帯域低遅延インタラクティブ・リッチコンテンツ需要から、伝送装置は10G、40Gの処理能力では飽和してしまう為回線拡張・増強が急務となります。が光Fiberの増設すなわち、物理的な有限資源は簡単には敷設出来るものではありません。ましてや通信需要はインターネットによる国際通信であり、衛星通信又は海底ケーブルで行われますがこれらを短期間で増設することは現実的ではありません。そこで広帯域化には10G、40Gの波長分割多重伝送WDM(Wavelength Division Multiplexing)方式で増速需要に対応してきましたが、それでもバックボーンに集中する要求帯域は飽和する傾向にあります。(余談ですが海底ケーブルは何芯くらいか知っていますか?大陸間でも通常は8~16芯です。通常の通信は送信受信で2芯が必要な為16芯の場合は8回線しか構成できません。単純に1回線が10Gの場合8回線x10G=80Gしか伝送できませんが、これに例えば120波のWDMを適用すると1回線はで120波x10G=1.2Tまで増速が可能です。海底ケーブル伝送はこの様に少ないFiber資源にWDMを組み合わせ8回線あれば10Gの伝送パスでも(1.2Tx8回線=)9.6Tの大陸間伝送を可能としています)


話を戻して、1本のFiberの通信帯域の帯域を如何に増すかですが、1本の光Fiberで経済的に100Gの長距離伝送が可能となればこれとWDMを組み合わせることで比較的容易に10Tbit/s以上(テラビット)の長距離伝送を実現できます。しかし従来の10Gまでの長距離伝送装置は、光の強度に情報を載せ、受信素子でそれを検出する強度変調直接検波 IM-DD(Intensity Modulation-Direct Detection)方式が主流です。IM-DD方式はデジタル処理された0と1の情報を光のON(点灯)とOFF(消灯)で伝送する非常にシンプルな制御方式でしたが、このIM-DD方式では10G又は40Gまでが実用的な限界であり、目標である100GをIM-DD方式で伝送した場合はPMD(Polarization Mode Dispersion:偏波モード分散)等が問題となり伝送距離が極端に制限されます。この技術で長距離伝送を行うとすると分散や光増幅でのノイズを除去するリタイミングを行う為の中継ノードが多く必要となります。結果インフラでは致命的な遅延が増加すると同時に中継ノードを多用する為導入コストは増大し、システムの信頼性は低下しキャリアでは運用出来ません。
100Gでの長距離伝送を可能とする方式としては、無線伝送では昔から採用されていた電磁波の位相変調方式を光Fiber伝送にも適用することです。
例えば4位相変調QPSK(Quadrature Phase Shift Keying)を適用すると、位相情報(同相をI:In Phase成分と直交 Q:Quadrature成分)を使ことが可能でIM-DD方式と比べて2倍の情報伝達が可能となります。さらに光波の特長である直交する2波は交わらない特性を利用して、XとYの異なる偏波に情報を伝送する偏波多重(Dual Polarization)と組み合わせたDP-QPSK方式とすることで従来のIM-DD方式に比べ4倍(XI、XQとYI、YQ)の情報を同時伝送することが可能となります。位相変調と偏波多重された光信号の受信部では、偏波分離した後、受信側に搭載する光原と干渉させることで位相を検出する方式をコヒーレント検波と呼びます。コヒーレント検波では受信回路が非常に重要となります。このコヒーレント原理自体は2000年代前半で既に確立されていましたが高性能なデジタル処理(DSP:Digital Signal Processor)が必要な為、実用化には低消費電力化と精度の高い高速CMOS-LSI技術の開発が切望されていました。これが実用化出来たのが2010~2015年で全てをデジタル信号処理可能なデジタルコヒーレントとして普及し始めました。またデジタルコヒーレントではサンプリングデータを使うことにより前方誤り訂正(FEC:Forward Error Correction)も行えることから長距離伝送では光信号自体の減衰を誤り訂正により補間することでより長距離伝送に寄与します。


図2にIM-DD方式とデジタルコヒーレント方式の光送受回路構成の概要を示します。

 

 

■図2 IM-DD方式とデジタルコヒーレント方式の回路構成概要

高速データ通信トランスポート技術 OTN

100G光信号の長距離高速化はデジタルコヒーレント技術により解決されますが、次に問題となるのがトランスポート技術です。従来のトランスポート多重化技術であるSONET/SDHが規定する速度の限界10G、40Gが現実的な問題になります。そもそも広帯域大容量トラフィック伝送需要はEthernetであり非同期系です。この非同期トランスポートに従来のSONET/SDH同期多重伝送でカプセリングするトランスポート技術では同期系の為の要件仕様が多く効率的ではありません。そこでより非同期データ伝送に有利なトランスポート層としてOTNが注目され実用化されてきています。OTNはWDM伝送網に対応した転送技術でもありWDMの波長多重信号の管理・監視機能も規定されています。OTNでは非同期系のEthernetも同期系のSONET/SDHもカプセリングが可能な伝送方式です。
図3にOTNに収容可能なカプセリング方式を示します。

 ■図3 OTNレイヤ―の位置付け

 

OTNでは先に記載した多種多様なクライアント信号にOH(Over Head)とFEC(Forward Error Correction、誤り訂正)を付加して広域転送します。このカプセリング技術によりユーザトラフィックはネイティブな信号透過伝送が可能となります。さらにOTNではクライアント管理情報を伝送することが可能となります。このことはNGN(Next Generation Network)で想定されるリアルタイムな帯域変更によるサービス輻輳からネットワークを分離又は、迂回する回線へのトラフィックパス変更を実行して最適な伝送容量に瞬時に変更し利用するG-MPLS(Generalized Multi-Protocol Label Switching)にも対応します。また階層化されたパスはネットワークのスケーラビリティを実現するとともに専用回線のイーサネット・サービス(1GbE、10GbE、40GbE、100GbEのサービス定義)に対応し、複数のキャリア事業者間のネットワークを横断する信号に、マルチレイヤーのパフォーマンス・モニタリングや保守機能を提供します。


図4にOTN G.709の代表的なカプセリング技術概要とフレーム構造及びキャリア間で伝送される上位NW構成イメージを示します。本図には代表的なODU/OTUしか記載していませんが新たなクライアントIFが規格されてもフレキシブルに収容可能なODU Flexが規定されています。
ではなぜ長距離伝送でOTNが使われるのでしょうか、EthernetはIEEE802.3baで規格されるインタフェースですがそこで規定されている伝送距離は最長でも40km(IEEE規格では100GBase-ER4で4x25.78125G 1.3μmシングルモードファイバーで伝送されるLAN-WDMが最長)です。ダークファイバーで40km以上の拠点間を直接Ethernetで伝送することは保証されません。そこでITU-T規格のOTNやSONET/SDHによる長距離(1,000kmとか2,000km)伝送技術が必要となります。


三井情報では550kmを20台の伝送装置で構成するRing-NW(総延長にすると1,100km)に、紹介した G.709 OUT4(100G)を採用しキャリアグレードの長距離高速NWの保守運用サービスをサポートしています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■図4 G.709のカプセリング技術とNW構成例

おわりに

最後にさらなる広帯域伝送技術として期待されているのが、巷で話題になってきている量子通信技術です。今回紹介したデジタルコヒーレントよりさらに高速広帯域通信方式として期待されています。コヒーレントも一定の位相関係を持つ量子状態です(量子力学では4値)が、現在の最先端微細素子トランジスタ技術ではこれ以上の高速処理は不可能です。TTL(Transistor-Transistor Logic)では高速化には低電圧化と微細化で高速化を実現していますがLSIを1nm以下で構成するとトランジスタでは電子のトンネル効果で信号(トランジスタのON/OFF)伝達が出来ません。そこで量子によるBit(磁場と粒子の混合)の重ね合わせが可能なことを利用した量子コンピュータの登場です。量子Bitが4Bitなら16通り、量子Bitが16Bitなら1瞬で256通りの演算が可能です。量子演算は超並列処理が可能です。この原理を通信にも応用出来れば、物理的搬送波(CLK)は低速でも情報伝達は広帯域な低速超広帯域通信が、(無理に速度を落とす必要もありませんが)あと数年後には現実になると思います。その時代のトランスポート技術の主流は何なのか未来の(高速は不要かもしれません)広帯域通信方式に興味を持って頂ければと思います。


三井情報ではこのOTNと同じくITU-Tで規格化されているG.8032 ERPS(Ethernet Ring Protection Switching)を組み合わせることで、よりデータ通信に特化したRing型高速プロテクションNWの検証・評価を行っています、今後はNWの信頼性を付加価値としてデーターセンターやエンタープライズでOTNを適用したビジネスにチャレンジして行く予定です。

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