5Gという名の破壊的イノベーション

 
2020/03/16

 

 

社会インフラ第一技術部 第二技術室

はじめに

1980年代に登場した移動体通信網(いわゆるセルラー網)サービスですが、当初はバッテリーの性能問題もあり自動車電話が主体でした。そこから30年以上が経過し、規制緩和による通信自由化を経て本日に至るまでこの分野の通信技術は飛躍的な進歩を遂げてきました。

私が社会人になって初めて購入した携帯電話は2G(PDC方式)でまだカメラもついておらずユースケースといえば音声通話のみでしたが、3G(CDMA方式)や4G(OFDMA方式)による周波数利用効率と空間多重化技術の飛躍的向上により、どんどんとデータ転送速度を発展させてきました。

本記事執筆時点の2020年ごろから日本を含めた海外において5Gと呼ばれる新通信方式が徐々に開始されますが、この5Gという規格はこれまでのセルラー網テクノロジーとはやや趣を異にしていますので、そのあたりに軸足を置きつつ、5Gの登場がもたらす世界観について私の予測を少々の邪推を交えてお話しさせていただきたいと思います。

5G規格の世界観

上述のとおり、ここ20年ほどのセルラー網テクノロジーの歴史はいかに無線データ転送速度を向上させるか、その追求の歴史といっても過言ではありません。2Gにおいて時分割方式だったチャネル割り当てを3Gでは拡散符号により多重化し、4Gでは狭帯域スペクトルを直交的に重ね合わせる方法により、限定的な周波数幅のなかでできるだけたくさんの端末にできるだけ効率的に通信チャネルを割り当てる変調多重化方式が考案・実装されてきました。

では5G規格における新たな無線変調多重化方式はなにか?ということになりますが、その答えは「新しい方式は採用しない」です。5G規格における無線変調方式は4Gと同じOFDMA方式であり、そこに新たな技術要素はありません。

実は5Gは新たな無線変調方式導入による飛躍的な通信速度向上ではなく、「通信インフラとそのユースケース」を技術的に定義することにフォーカスを当てており、そのユースケースがいわゆるeMBB(高速大容量通信)、mMTC(多接続IoT系通信)、URLLC(ミッションクリティカルIoT系超高信頼低遅延通信)と呼ばれる3つです。このことを正しく理解していないと5Gを「なんだか知らないけどものすごく高速な通信網らしい」という偏狭な視野で捉えてしまうことになります。「5Gビジネス=ユースケースビジネス」と認識することが非常に大切です。

5GネットワークアーキテクチャからみるNetwork-As-A-Service

5Gサービスを提供するアーキテクチャは3GPP※1で規格化が進んでおり、これまでのセルラー網ネットワークアーキテクチャではほとんど採用されていなかったNFV(Network Functions Virtualization/ネットワーク機能仮想化)技術の導入が前提となっています。5Gネットワークアーキテクチャでは無線区間やコアネットワークすべてが仮想化により分離されるデザインとなっており、物理的には単一のネットワークであるにも関わらずユースケース毎に異なる無線リソーススケジューリングやQoS制御、エッジコンピューティング処理を極めて柔軟に提供可能となっています。

これはまったく異なるトラフィック特性をもつ通信を同一のネットワークで処理していた従来の4Gネットワークとは正反対のアプローチであり、5Gが通信速度だけを気にしている規格でないことを示す最大の特徴です(余談ですが、このあたりがWi-Fi6との大きな差異でもあります)。

私は長年にわたってセルラーネットワークのアーキテクト兼コンサルタントをしていますが、これを非常に大きな転換点だと考えています。「まずネットワークが存在して、そこにサービスを当てはめる」という伝統的なアプローチから「使いたい用途に適したネットワークを選択する」というアプローチへの変化、まさにNetwork-As-A-Service時代の到来とも見てとれるからです。とくにエッジコンピューティングはネットワークとアプリケーションを密接に紐づける存在であり「ネットワークの価値を決めるもの」といっても過言でないので、この傾向は今後もより強くなるものと思います。

ではここからは3GPPの提唱する3つのユースケースに関して、現在の市場動向を軽くみていきたいと思います。

 

 

※1 3GPP(Third Generation Partnership Project)とは、1998年に設立された、第三世代以降の移動通信システムの標準規格の仕様の検討や調整を行う各国の標準化機関によるプロジェクト。

eMBBは企業内情シス部門の救世主となりえるか?

無線変調方式に変更がないとは言え、無線リソーススケジューリングアルゴリズムの見直しとビームフォーミング技術(無線通信に使われる電波を特定の方向に集中的に照射することで通信品質を向上させる技術)の実装等により、4Gよりもはるかに高速なギガbps単位の通信を提供可能となっており、ここはいわゆるキャリア事業者がメインプレイヤーとなる領域です。

このギガbps級の無線網の登場とオフィスアプリケーションのSaaS化が進んでいくなかで、社内でわざわざWi-Fi環境を提供するモチベーションが希薄になっていくのではないかと考えられています。キャリア事業者の提供する5Gサービスをそのまま使えば社内ネットワーク運用管理、資産管理の手間をほぼゼロにできるため、それらの負担に悩んでいる企業のなかには「通信料金とのトレードオフ次第では」今後Lan-lessに舵を切る人たちが出てくるというロジックです。私はこの考え方は当然だと受け止めており、まず地方の支社支店のようなところから一部の企業で試験的に検討されていくのではないかと予想しています。

なお、その場合の副作用としていわゆる伝統的なSIer/NIerはそのプレゼンスとビジネス規模を大幅に縮小させていく可能性が高く、近い将来に業界全体が構造不況化するであろうと予想しています。テクノロジーの発展が既存ビジネスモデルを破壊する例がまたひとつ増えることになるのかもしれません。

ビジネスモデルの未成熟さが目立つmMTC

5G以外でも同時多接続によりセンサーから情報を収集する、いわゆるLPWANテクノロジーはいくつか存在します。代表的なものはLoRa®やSigFox、NB-IoT(Narrow Band-IoT)等です。このことから「センサーから情報を集める方法」については5G規格に拘る理由はあまりないと言えるでしょう。

一方で、これだけセンサーからのアクセス方法が存在していながら、集めたデータを使ってマネタイズに成功しているサービスがあまり存在しておらず、ほとんどがPoC止まりとなっているのが現状です。卵が先か、鶏が先かという状況になっているように見受けられ、「集めたビッグデータにどんな付加価値がつけられるのか、どんな付加価値なら対価を払ってもらえるのか」というビジネス面での詰めが当面の課題と考えられます。個人的には第一次産業分野への提供、いわゆるアグリテックがもっとも早く実用化しそうな予感がしています。

まだ誰も知らない未知の世界、でも一番面白そうで5GらしいのがURLLC

これまで述べたとおりeMBBは従来のセルラー網の使い方の発展形、mMTCはビジネスモデルの話とみることが可能ですが、URLLCは5G規格を特徴づける極めてユニークな機能です。いま現在研究が進んでいる具体的な用途としては自動運転(自動車や工作機械)やVR/AR、リアルタイムゲーム分野等です。もしこれらが実用化されたならば、我々の日常生活を大きく変えてしまうほどの影響力をもつのは確実です。たとえば自動運転技術が達成されれば過疎地で公共交通機関を維持させる必要はなくなりますし、VR/ARで誰しも在宅勤務が可能になればオフィスという概念も不要になります。これらにより東京一極集中も大きく緩和されるかもしれません。そうすると地価も下がり・・・と考えだしたら妄想が止まりません。

一方で、とくに自動運転は事故に対する懸念が強く、実用化にはまだまだハードルが高いのが実情です。たとえば制御工学や画像解析処理等といったネットワーク以外の高度な技術力も必要であり、すべての課題を一社で解決するのは非常に困難です。したがってこの分野で成功を収めるにはこうした高度な技術的コラボレーション/アライアンス体制をとれるかどうかがひとつの鍵だと考えています。

おわりに

ここまで述べたとおり、一口に5Gビジネスといっても、その範囲はビジネスモデル検討から技術的要素検証までその濃淡が非常に複雑多岐に渡るのが特徴となっています。こうした縦横無尽な視点で切り込んでいけるスキルの持ち主こそ、5Gビジネス検討にあたっては真に必要とされる人材であろうと強く感じる次第です。

なお、5Gサービスは決して大手キャリアやMVNOによるパブリックサービスだけではなく、ローカル5Gと呼ばれる自営網サービスも法整備が進んでいます。
MKIでは5G基地局設備の提供をはじめ、様々な5Gトータルソリューション展開を計画しており、現在その実現のために他社様との情報共有や協業検討を日々重ねております。5Gを含むこれからの技術革新で新たな価値を創りたいという熱い想いをお持ちの自治体様・企業様、ぜひともMKIにお声がけください。

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