分子の「形」から眺める生命現象とその理解

2020/04/14
バイオサイエンス部 創薬事業室

はじめに

 

タンパク質や核酸などの生体分子は生体内で特定の「形」をとることで多様な機能を発揮しています。この分子の「形」を知ることで生命現象を担う生体分子の作用機構をより詳細に理解・考察することが可能となり、例えば疾患の原因となる分子を対象にすることで治療薬開発(創薬研究)に活かせます。

このように分子の「形」をもとに生命現象を理解する研究分野を構造生物学と言います。

 

分子の「形」を知ることの意義とは?

「形」をもとに生命現象を理解する研究は、古くは光学顕微鏡による細胞の形態観察から始まります。その後、生化学、分子生物学の発展により生命現象をタンパク質や核酸などの分子同士の繋がりから理解するようになり、さらに測定技術の進歩とともに分子の「形」へと対象が変化して行きました。

では、分子の「形」がわかると何が良いのでしょうか?

創薬において、タンパク質の「形」に基づいて合理的に薬剤を探索・設計する手法があり、Structure-Based Drug Design(SBDD)と呼ばれています。疾患の多くは、タンパク質などの生体分子が正常な機能から逸脱したことによるものであり、薬剤の多くはそれら異常な機能を持った分子(受容体や酵素といったタンパク質が多い)に作用します。ここで、例えばあるタンパク質Aに結合する化合物(薬剤)を探したいとします。分子の「形」に着目しない場合、非常に多くの化合物に対して生物学評価(ハイスループットスクリーニング)を行う必要があり、候補化合物が見つかってもその化合物をどのように改変したら良いのかは、はっきりとわかりません。一方、タンパク質Aの「形」がわかっていると、タンパク質Aのここに空洞があるからそこにはまる化合物を探索・設計出来ないか?候補化合物の一部分を別の形のパーツにすることでよりタンパク質Aにはまるのではないか?など、その「形」(立体構造の情報)に着目することで合理的に化合物探索・設計が行えます(図1)。

■図1 立体構造をもとにした化合物設計の模式図 

 

分子の「形」をどうやって知るのか?

では、分子の「形」はどのようにして調べられているのでしょうか?現在、分子の立体構造(=「形」)は、X線結晶解析法、核磁気共鳴(NMR, Nuclear Magnetic Resonance)法とクライオ電子顕微鏡法の3つの方法によって主に解析されています。

  X線結晶解析法 核磁気共鳴法 クライオ電子顕微鏡法
試料の状態 結晶状態  安定同位体標識された高濃度の溶液状態  急速凍結しガラス状の氷の膜に閉じ込められた状態 
データ測定 シンクロトロン放射光を用いた回折実験 NMR装置によるNMRシグナルの測定 透過型電子顕微鏡による分子像の撮影
データ解析 回折点の位相決定。電子密度の計算。原子モデルの構築。 シグナル帰属。水素原子間の距離情報の抽出。原子モデルの構築。 2次元画像処理。3次元電顕マップの構築。原子モデルの構築。
特徴 解像度は比較的高いが解像度がかなり高い場合を除き水素原子は観測できない。分子量が大きいタンパク質でも解析が可能。 分子量が小さい分子の解析に向く。溶液中の分子を直接観測するため構造は溶液状態を反映。原子モデル構造が複数存在する。 ウイルス粒子から巨大タンパク質複合体まで幅広い解析が可能。中程度の解像度(3-5Å)のデータが現状では多い。

 生体分子の立体構造は上記の手法を用いて世界中の研究者達によって日夜解析され、その成果は学術誌や学会などで報告されています。また、解析された立体構造データを世界中の研究者達が共有できるような体制があり、米国のRCSB PDB(Research Collaboratory for Structural Bioinformatics Protein Data Bank)、欧州のPDBe(Protein Data Bank Europe)と日本のPDBj(Protein Data Bank Japan、日本タンパク質構造データバンク・大阪大学の蛋白質研究所)の3拠点からなる共同組織wwPDB(The Worldwide PDB)によってデータの登録、管理や配布などが行われています。登録データは研究者だけでなく一般の人も含め誰でもアクセスすることができ、ダウンロードした立体構造はPyMOL(※1)やChimera(※2)など専用の分子描画ソフトを使うことで見ることができます(図2)。

■図2 タンパク質-化合物複合体の立体構造図。緑:タンパク質。オレンジ:化合物。
(Protein Data Bank (http://www.rcsb.org/)からダウンロードした6srh.pdbを元にOpen-Source PyMOLを用いてMKIにて作成)


このように分子の「形」を知ることで、学術的には生命現象を担う分子の作用機構をミクロな視点で理解でき、産業的には合理的な創薬研究などが行えます。また、知的財産とも言える立体構造データを世界中で共有することでこれら研究が効率的に行えます。現代生物学は、組織、細胞から分子、原子レベルまで様々な階層で生命現象を捉えられ、今後各階層が有機的に融合することで生物学がさらに発展すると思います。

 

※1 オープンソースの分子グラフィックスツールでウォーレン・デラノにより開発された。現在はSchrödinger(シュレーディンガー)社によって商品化されている。
※2 カリフォルニア大学サンフランシスコ校のバイオコンピューティング、視覚化、情報学リソースによって開発された分子グラフィックソフト。非営利的な使用のみ無料。

 

おわりに

MKIは、生命科学とIT技術が融合したバイオインフォマティクス業務を通して製薬会社、大学や公的研究機関の業務支援を行っており、そこで得られたノウハウと最先端のIT技術を活かして開発したサービス/プロダクトを展開しています。

最近では「MKI-DryLab」というセキュアなクラウド基盤に計算環境を構築し提供するサービスの提供を開始しました(https://www.mki.co.jp/solution/drylab.html)。本サービスは、HPC(High Performance Computing)計算機クラスタのオートスケーリング機能を備えており、最適な規模の計算環境の実現、計算コスト削減を実現できます。

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