基幹システムもSaaS型の時代「SAP S/4HANA® Cloud」導入の実態

2021/02/12
SAPソリューション部 第二技術室

はじめに

三井情報は、2020年7月に、基幹システムをSAP S/4HANA® Cloud ※1とSalesforce Sales Cloud(以下Sales Cloud)にリプレースしました。

SAP® ERPの保守サポートが2027年に終了することから、国内でも最新バージョンのSAP S/4HANA®への移行が進んでいますが、当社規模の企業で移行先にSaaS型ERPのSAP S/4HANA Cloudを選択するケースはまだ多くありません。
そこで今回のコラムでは、SAP S/4HANA Cloudの導入を担当した技術者の立場から、導入の実態をご紹介します。

尚、三井情報がSAP S/4HANA Cloud導入に至った経緯については、以下のコラムをご参照ください。
クラウドの端から失礼します。 vol.02

 


※1 SAP S/4HANA Cloudには、プライベートクラウド型で、オンプレミスのSAP S/4HANAに近い自由度を持つ「SAP S/4HANA Cloud, extended edition」(旧Single Tenant Edition)も存在しますが、今回は三井情報が導入したパブリッククラウド型の「SAP S/4HANA Cloud, essentials edition」(旧Multi Tenant Edition)について記述しています。

導入プロジェクトで発生した課題と対応

SAP S/4HANA Cloudの導入プロジェクトは、業務を標準機能に合わせる「Fit to Standard」のための業務フローの見直しの面での難しさはあるものの、技術的には「作る」から「使う」にシフトすることで、スムーズに進められることを期待していました。
しかし実際には、これまで環境構築に費やしていた時間が不要となるなど、SaaS型ERPのメリットを享受できた一方で、SaaS型ERPならではの課題も数多く発生しました。

 

 ■導入プロジェクトの各フェーズで発生した課題

 

上図のように、導入の各フェーズで多くの課題が発生しました。中でも大きな課題は、「Fit to Standard」によって業務を標準機能に合わせることの難しさ、SAP S/4HANA Cloud特有の技術的な課題を乗り越えることでした。ここからは、その一部をご紹介していきます。

『Fit to Standard』によって業務を標準機能に合わせる

・オンプレミスのSAP S/4HANAとの違いを理解する

業務を標準機能に合わせるにあたっては、そもそもSAP S/4HANA Cloudの標準機能で、何ができて、何ができないかを知る必要があります。
SAP S/4HANA Cloudは、SAP社がSAP S/4HANA Cloud向けのベストプラクティスとして提供する範囲の業務を機能スコープとしています。
そのため、同じSAP S/4HANAといっても、オンプレミスのSAP S/4HANAと全く同じ機能が使用できるわけではありません。また、カスタマイズ可能な箇所もオンプレミスのSAP S/4HANAに比べ限定されています。
三井情報が導入した際も、旧SAP ERPでは標準機能で実現できていたことが、SAP S/4HANA Cloudには機能が存在しない、カスタマイズ可能な箇所が存在しないという理由で、実現できないケースがありました。
SAP S/4HANA Cloudで使用できる機能は、SAP社が公開しているSAP Best Practices for SAP S/4HANA Cloud‎ ※2のドキュメントで確認することができますが、機能の詳細やカスタマイズ可能な箇所については、実機で検証して確認する必要があります。
オンプレミスのSAP ERPやSAP S/4HANAでは標準機能で実現できていたのだから、SAP S/4HANA Cloudでも当然実現できるだろうと安易に考えるのではなく、SAP S/4HANA Cloudの標準機能について、正しく理解した上でプロジェクトを進める必要があります。



※2 SAP Best Practices for SAP S/4HANA Cloud ‎Japan :https://rapid.sap.com/bp/#/BP_CLD_ENTPR/S4CLD/2011/JP/22/JA 

SAP S/4HANA Cloudに特有の技術的な課題を乗り越える

・拡張はSaaS型ERPのメリットを損なわないように

上述の通り、SAP S/4HANA Cloudの導入では業務を標準機能に合わせることが原則ですが、実際には標準機能では実現できないが、実現しなければならない必須の要件が発生することがあります。(もちろん、今までの業務のやり方を一から見直し標準機能に合わせることが理想ですが、現実問題として難しい場合もあります)
オンプレミスであれば、業務を標準機能に合わせることを原則としつつ、必要であればアドオン開発を選択することもできますが、SAP S/4HANA Cloudではアドオン開発は物理的に不可能です。
SAP S/4HANA Cloudではアドオン開発に代わり、SAP S/4HANA Cloudに組み込まれているアプリケーションを用いて項目追加や伝票登録時のチェックロジックの追加等、簡単な拡張が行えるIn-App拡張や、SAP社のクラウド基盤であるSAP® Cloud Platform上でSAP S/4HANA Cloudと連携するアプリケーションを拡張開発するSide-by-Side拡張を選択することができます。
SAP S/4HANA Cloudでは、四半期に一度、自動で機能追加や不具合修正のバージョンアップが行われます。拡張した機能は、バージョンアップの都度、動作検証を行う必要があるため、過度に拡張を行ってしまうとSaaS型ERPのメリットが損なわれてしまいます。そのため、拡張は慎重に行う必要があります。

・APIとRPAを組合せ、シームレスな連携を実現

三井情報の基幹システムは、Sales Cloudで登録した受発注情報を、API連携によってSAP S/4HANA Cloudに登録しています。また、工数管理システムからの工数データの連携、在庫データの連携等の周辺システムとのインターフェイスも、API連携で実現しています。
こうしたAPI連携の開発では、まず、SAP S/4HANA Cloudで使用できるAPIを見つける必要があります。
SAP S/4HANA CloudのAPIの情報は、SAP社が公開しているSAP API Business Hub ※3に集約されているため、使用できるAPIの見当をつけることは比較的容易です。

しかし、SAP S/4HANA Cloudの画面項目が、APIのどの項目に対応するかの情報までは公開されておらず、検証環境でAPIを動かしながら、画面項目 とAPI項目の対応を項目ごとに確認していく必要がありました。また、同じ機能で複数のAPIが存在し、使用するAPIを使い分ける必要がある場合もあり、APIの調査には時間を要しました。
さらに、SAP S/4HANA Cloudのすべての機能、画面項目に対応するAPIが存在するわけではないため、他システムから連携したい項目が、APIで連携できない場合があります。こういったケースでは、APIとRPAを組合せて、まず、APIで連携できる項目をAPIで登録し、APIで連携できない項目をRPAで登録する方法を採用しました。
RPAは、RPAロボットが画面操作を代行するという仕組み上、四半期ごとのバージョンアップで画面仕様に変更があった場合に影響を受ける、大量データの登録に時間が掛かるといった課題はありますが、APIとRPAを組合せることで、Sales Cloudや周辺システムとのシームレスな連携を実現できました。
また、四半期ごとのバージョンアップでAPIが拡充され、それまでAPIで連携できなかった項目がAPIで連携できるようになる場合もあり、その際には、RPAからAPIへの置き換えも行っています。

 

■MKI基幹システムランドスケープ

 

■SAP S/4HANA CloudとSales Cloudの連携イメージ

 

※3 SAP API Business Hub:https://api.sap.com/

・環境面の制約を理解し品質を確保

SAP S/4HANA Cloudの導入プロジェクトでも、単体テスト、システム間結合テスト、総合テスト、データ移行といったテストは必要で、各種テストを並行で進めるフェーズがありました。
オンプレミスのSAP ERP、SAP S/4HANAでは、1つのシステム内に複数の環境を論理的に構築することができるクライアントの概念により、1つのシステム内に総合テスト環境、移行リハーサル環境、ユーザトレーニング環境といった、複数のテスト環境を持つことができます。また、クライアントコピーや、データベースのバックアップ&リストアにより、必要なテスト環境を準備することが比較的容易です。
一方、SAP S/4HANA Cloudでは、テストに使用できるシステムは1つだけで、クライアントの概念もないため、オンプレミスのSAP ERP、SAP S/4HANAと同じ方法でテスト環境を準備することができません。
三井情報では、 SAP S/4HANA Cloud 上に会社を複数登録することで、1つのシステム内に複数のテスト環境を準備しました。会社を追加する際には、会社ごとに必要なカスタマイズを漏れなく登録することや、テストで使用するデータが混在しないよう番号体系を考慮して登録するなどの工夫が必要でしたが、最終的には必要なテストを行うことができ、品質を確保できました。
SAP S/4HANA Cloudの導入プロジェクトでは、オンプレミスのSAP ERP、SAP S/4HANAとの環境面の違いを理解した上で、テスト計画を策定する必要があります。

■Q-System(検証環境)

SAP S/4HANA Cloudに特有の課題のナレッジやノウハウを蓄積

このようなSAP S/4HANA Cloudに特有の課題は、実際に経験してはじめてわかることも多く苦労もありましたが、SAP社とも密に連携し議論を重ねる中で、多くのナレッジやノウハウを蓄積することができました。まさに三井情報が皆さんの実験マウスとして取り組んだ成果だと自負しております。
お客様への導入時には、これらのナレッジやノウハウをぜひご活用いただきたいと考えています。

SAP S/4HANA Cloudのもたらす価値

インターネットとWebブラウザがあれば使用できるSAP S/4HANA Cloudは、コロナ禍をきっかけに拡大した在宅勤務・テレワークにも、スムーズに対応ができています。サーバ監視、データバックアップや、セキュリティパッチ適用等のシステム運用についてもSAP社に任せることができ、SaaS型ERPのメリットを実感しています。
またここで、SAP S/4HANA Cloudの価値として、改めてAPIに触れたいと思います。
2020年7月のGo-Live以降、SaaS型のサービスマネジメント基盤であるServiceNowとの組合せによる会計伝票のワークフロー化、請求書発行のペーパーレス化の取り組みや、 ExcelにSAP S/4HANA Cloudの情報をリアルタイムに取り込み、月次決算業務を省力化するといった取り組みが進んでいます。こうした取り組みはオンプレミスのSAP S/4HANAでも可能ですが、従来は、連携に必要となるAPIの有効化や、インフラレベルの調整に時間を要し、気軽に試すまでは至らなかったのが実情でした。クラウド化により、システム間連携やデータ活用の敷居が低くなり、APIを使った新しい取り組みを誘発する効果があったのは大きな価値と感じています。

おわりに

従来のSAP ERP導入では、カスタマイズを使いこなして業務要件を実現することが、技術者の腕の見せ所でした。しかしSAP S/4HANA Cloudの導入では、SAP S/4HANA Cloudの標準機能や技術的制約を理解した上で、SAP S/4HANA Cloudの外で解決することも含め、今の仕組みの中で「どうすれば出来るか」を追求することが重要であると考えます。また導入後に、データ活用や他サービスとの組合せにより、導入効果を最大化していくことが導入以上に重要だと考えます。SAP S/4HANA Cloudの導入は、従来のSAP ERP導入の延長ではなく、クラウド時代のマインドセット、スキルセットで臨む必要があると考えています。業務を変えるユーザ側のマインドチェンジに加え、我々技術者もSAP S/4HANA Cloud導入に合わせてマインドチェンジしなければならないということを強く実感しました。
三井情報ではこうした考えの下、SAP S/4HANA Cloudを通じてお客様に新たな価値を創出していきます。

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