マテリアルズ・インフォマティクスはじめました。

2022/03/02
バイオヘルスケア技術部 バイオサイエンス技術室

はじめに

「マテリアルズ・インフォマティクス」という用語をご存知でしょうか。見た目の通りマテリアル(物質・素材)とインフォマティクス(情報科学)を組み合わせた造語です。最近たまに耳にするがなんのことやら…という方も多いのではないでしょうか。バイオインフォマティクス(バイオ(生物)とインフォマティクス(情報科学)を組み合わせた造語です)のエンジニアとして長年研究開発に携わってきた私も数年前までそうでした。同じインフォマティクス分野とは言え、三井情報の事業ドメインとの接点はなく縁遠い存在だったのです。それが縁あって、この度「ベイズ最適化」と呼ばれる技術を使った、マテリアルズ・インフォマティクスを推進するためのアプリケーションをリリースすることになりましたので、ご紹介したいと思います。

(マテリアルズ・インフォマティクスを以下MIと略します)

MIの歴史

「マテリアルズ・インフォマティクス」という言葉をいつ誰が言い出したのかは定かではありませんが、その火付け役となったのは2011年にアメリカでスタートした国家プロジェクト、「Materials Genome Initiative」と言われています。新しい機能性材料の探索~実用化までのリードタイムを情報技術の力で半分にするという超意欲的な試みで、5億ドルの巨費が投じられて各種計算モデルやデータベースが整備されました。「より早く(開発する)」がメインのスローガンでしたが、それと同時に「より高品質(高機能)に」「より低コストで」という要請とも表裏一体ですので、IT業界でよく言われるQCD(Quality, Cost, Delivery)をいっぺんに底上げする試みと捉えていただくとわかりやすいと思います。

その後先進各国にその流れが広がり、元々材料開発を得意としてきた日本でも、5年ほど前から国の研究機関(物質・材料研究機構や産業技術総合研究所)を中心に日本版のインフラ整備が始まりました(*1)。国はあくまで共通基盤や基礎科学としての知見を造ることがその役割ですから、最終的にMIを社会価値に還元していくのは民間の力です。(インフォマティクス側技術者集団を擁する三井情報もその一翼を担おうというわけです)そういったわけで、MIのコンセプトは最近のDXの潮流とあいまってここ数年の間にビジネスの最前線でもジワジワ浸透し始めていくものと考えています。

 

(*1)参考:情報統合型物質・材料開発イニシアティブwebサイト(更新終了)
   https://www.nims.go.jp/MII-I/

MI向けのアプリケーションを開発するに至ったいきさつ

アプリケーションをご紹介する前に、三井情報がMIにかかわるようになった経緯について簡単にお話しましょう。

冒頭で三井情報の事業ドメインとMIの接点はないと書きましたが、筆者が所属するバイオ部門ではバイオインフォマティクス、ケモインフォマティクスに長年取り組んでおり、物質と物性の関係を明らかにする技術には一定の知見がありました。今のところ製薬企業等のお客様からその技術力を高く評価いただいておりますが、日進月歩の業界ですので現在のポジションを維持するには日々技術力をupdateしなければなりません。そこで目をつけたのが現実の物理世界とシミュレーションを基盤とするサイバー空間の融合を謳った「サイバーフィジカルシステム(Cyber Physical System)」という概念でした。物理世界で起きることをサイバー空間で予測し、目的に応じた適切な介入を物理世界へ施して所望の状態へ遷移させる、という仕組みです(図 1)バイオインフォマティクスは主に物理世界からサイバー空間への情報取得、およびサイバー空間内のシミュレーションをする分野ですが、サイバー空間から物理世界へ情報を戻す汎用的なプロセスを確立できれば新たな事業価値になるかもしれないという見立てでした。

ポイントは「サイバー空間から物理世界へ情報を戻すプロセス」を汎化できるかというところですが、物理世界へのアクションという意味ではフラスコ内の温度設定といったマクロなスケールの操作でなければ汎用性がありません。一方バイオインフォマティクスでのシミュレーションは原子分子レベルのミクロなスケールに適用されるもので、そこには大きなギャップがあります。そこで一旦バイオを離れて他の分野に目を向けると、材料科学という分野では、温度や圧力といったいわゆる実験条件を調整する際に、最適な条件を効率的に探索するデータ解析技法が浸透し始めていることを知りました。サイバー空間における詳細な原子分子レベルのシミュレーションをしなくても機能する技術で、バイオインフォマティクスに慣れ親しんだ視点からすると驚きでした。これは面白い、取り組んでみたいとは思ったものの、材料科学は私たちからすれば未知の分野でアプローチする切り口がつかめずにいたのですが、とある学術シンポジウムで一杉太郎先生(ひとすぎ・たろう、東京工業大学教授)とお会いできたことが転機となりました。先生の講演を聴き、前述のデータ解析技法とロボットが協調しながら自律的に実験を行い超高速に材料開発をするというコンセプトに「これだ!」と感銘を受けコンタクトを取ったのです。前述の通り三井情報は材料科学分野における経験はなく門前払いでもおかしくない状況でしたが、一杉先生はこちらの話に真剣に耳を傾けてくださって、結果「マテリアルズ・インフォマティクスの産業応用に関する研究」と題して共同研究を開始することになりました。2020年6月のことです。後から伺った話では一杉先生もパートナーを探していたタイミングだったようで、これもご縁というものかもしれません。

 

図1 サイバーフィジカルシステムの概念

研究のコンセプト

一杉先生との共同研究は以下2点をコンセプトに置いて進めてきました。この度リリースするアプリケーションは共同研究における現時点でのプロトタイプと位置付けていますので、コンセプトに照らして有用なものになっているか?試用していただき是非フィードバックをお願いします!

・革新的シミュレーション技術を誰でも使えること
・材料開発研究の生産性向上に資すること

開発したアプリケーション

一口にデータ解析技術と言っても様々なものが存在しますが、一杉先生や中山亮先生(なかやま・りょう、東京工業大学特任助教)と議論した結果、前述のようにシミュレーションが不要で実験データのみから実験条件を最適化する技法「ベイズ最適化」に最初の狙いを定めました。数理的にシンプルな技術ですがそれだけに汎用性が高く、材料開発研究者が最初に触れるMIとして最適と考えたためです(ベイズ最適化の技術詳細については一杉・清水研究室のwebサイト(*2)をご参照ください)。世の中にはベイズ最適化の計算ライブラリが既に多く存在していますが、「誰でも使える」直感的なGUIを志向して開発を進めてきました。試作版として3月2日から提供を開始します(図2) 。試作版はこちらのURLをご参照ください。https://www.mki.co.jp/solution/mi.html
 

(*2)参考:東京大学 大学院理学系研究科化学専攻 一杉研(固体化学研究室)AI・ロボットwebサイト
      https://solid-state-chemistry.jp/ai_robotics/index.html

アプリケーションの操作方法と機能概要



2 開発中のツール概観(上:1次元モード 下:2次元モード)

 

アプリケーションは①説明変数設定部 ②実行コントロール部、③実験データ部(説明変数・目的変数) ④グラフ表示部 からなっており、以下の要領でベイズ最適化を試していただくことができます(詳細はアプリケーション画面からダウンロードできるマニュアルをご参照ください):

最初に①説明変数設定部の「変数設定」で説明変数名・説明変数の取りうる範囲を設定します。説明変数が1つの場合は1次元モード(図2上)、説明変数が2つの場合は2次元モード(図2下)として動作します。

次に③実験データ部の「実験データ」に数回の実験結果(最低1回分でも動作はしますが、実験結果がある程度ある方が精度良く予測ができます。)を入力します。

そこで②実行コントロール部の「実行」ボタンをクリックすると、次に実験をすべき説明変数の値が②実験データ部の「提案データ」に表示されます。

その説明変数で行った実験結果(提案された説明変数を手動で変更することもできます)を目的変数に入力して②実行コントロール部の「追加」ボタンを押すと、「実験データ」の最下段にマージされます。

以降そのサイクルを繰り返して、最大値(あるいは最小値)に近づけていきます。この一連のプロセスがベイズ最適化となります。

サイクルを進めていくと、④グラフ表示部が逐次更新されていきます(実験データの削除など一部の状況においては②実行コントロール部の「グラフリフレッシュ」ボタンを押して更新する必要があります)。ベイズ最適化で計算されるのは目的変数各点における以下3つの量ですが、1次元モードでは④グラフ表示部の「予測平均」グラフ1枚に、2次元モードでは1枚に表現しきれないのでグラフ3枚に分かれて表示されます。

予測平均 … 目的変数の予測値の平均
標準偏差 … 目的変数の予測値のばらつき
獲得関数 … 目的変数を引数にとって、同変数の最大値/最小値が存在する可能性を示すある種のスコア

また最大値/最小値が更新されていく様子を確認するために、④グラフ表示部には「結果チャート」を用意しています。

おわりに ~今後の計画~

今回のコラムでは、三井情報とMIの出会いから、アプリケーション開発に至ったいきさつ、そして今回公開する試作版アプリケーションについてご紹介させていただきました。

三井情報では、今回の試作版のフィードバックを受けて製品版開発・リリースを検討していきます。また今後、MIの価値を引き出すためのユーザ間データ共有の仕組みや、実験データ・実験メタ情報を保存活用するための実験ノート機能を拡充させていくことも考えていますので、是非ご期待ください。

 

 

 

【掲載内容の修正(2022/05/25)】

本コラム内でご紹介しておりました一杉先生の研究室Webサイトについて、以下の通り変更いたしました。

(修正前)(*2)参考:東京大学 大学院理学系研究科化学専攻 一杉研(固体化学研究室)
(修正後)(*2)参考:東京大学 大学院理学系研究科化学専攻 一杉研(固体化学研究室)AI・ロボットwebサイト
          https://solid-state-chemistry.jp/ai_robotics/index.html

 

【掲載内容の修正(2022/05/19)】

本コラム内でご紹介しておりました一杉先生の研究室Webサイトについて、先生の異動に伴い以下の通り変更いたしました。

(修正前)(*2)参考:東京工業大学 物質理工学院 一杉・清水研究室 AI・ロボットwebサイト
(修正後)(*2)参考:東京大学 大学院理学系研究科化学専攻 一杉研(固体化学研究室)
          https://www.solid-state-chemistry.jp/index.html

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