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分子シミュレーションによる薬の設計

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  • バイオサイエンス
目次

はじめに

MKIのバイオサイエンス部では、これまで「京」コンピュータなどのスパコンを用いて、創薬分野のシミュレーションを行ってきました。「京」は今年の8月で運用を終了し、後継である「富岳」にその役割が引き継がれます。「富岳」の性能は「京」の100倍との事です。「京」ではできなかったシミュレーションも「富岳」では実現できるかもしれません。
さて今回は、我々が「京」で行ってきたシミュレーションと、そのシミュレーションがどのように創薬に結び付くのかを概説したいと思います。

薬の効く理由

体の中には多種多様な分子が存在し、それらが相互作用しあう事によって情報伝達がなされ、様々な応答を引き起こします。例えば、花粉症などのアレルギー反応では、アレルギー物質の刺激により、ヒスタミンという分子が放出されます。このヒスタミンがヒスタミンH1受容体というタンパク質に結合すると、ヒスタミンH1受容体が信号を送り、かゆみなどのアレルギー症状を引き起こします。抗ヒスタミン薬というアレルギーの治療薬はヒスタミンよりも先にヒスタミンH1受容体に結合する事で、ヒスタミンH1受容体に信号を送らせないようにする薬です。このように薬は、病気の原因となるタンパク質と結合する事によって、その効果を発揮します。

結合自由エネルギーという指標で薬効の有無を予測する

このため、薬を設計する上では、薬が病気の原因となるタンパク質にどれだけ結合しやすいかが重要となります。このような結合のしやすさの指標として、結合自由エネルギーという物理量が存在します。結合自由エネルギーというと難しく聞こえるかもしれませんが、薬がタンパク質に結合している割合と、タンパク質から解離している割合の比と考えて頂ければ分かりやすいと思います。

分子シミュレーション

しかしながら、大量の薬の候補化合物の結合自由エネルギーを実験的に調べていくのは、時間やコストがかかるため、しばしば分子シミュレーションを用いて結合自由エネルギーの予測が行われます。
タンパク質は体の中、すなわち水の中に存在するため、分子シミュレーションの際には、タンパク質と(薬の候補となる)化合物、そしてタンパク質の周囲に存在する水分子を原子レベルで再現する必要があります。このためシミュレーション中で扱う原子の数は数万~数十万程度になりますので、計算にはスパコン(もしくはGPUマシンなど)を使用する必要があります。分子シミュレーションを行う事により、タンパク質や化合物、及び水の動きが動画として得られます。
実は、普通に分子シミュレーションを実行しても、得られた動画から結合自由エネルギーを計算する事はできません。分子シミュレーションから結合自由エネルギーを計算するためには、シミュレーション中で、タンパク質と化合物が何度も結合、解離を繰り返すという非常に長いシミュレーションが必要になります。しかしながら、このような長いシミュレーションを実行する事は、現在のスパコンの性能では、ほぼ不可能です。

溶液中におけるタンパク質と化合物の結合モデル。分子シミュレーションでは、このような大量の原子を扱う。
緑:タンパク質、オレンジ:化合物、紅白の玉:タンパク質の周囲に存在する水分子
(Protein Data Bank (http://www.rcsb.org/) からダウンロードした 2hu4.pdb を元に GROMACS と Open-Source PyMOL を用いて三井情報にて作成)

アルケミカル自由エネルギー計算法

このため、短時間の分子シミュレーションから結合自由エネルギーを計算するための特別な方法がいくつか考案されています。そのうちの一つにアルケミカル自由エネルギー計算法というものがあります。この手法では、分子シミュレーション中で化合物を少しずつ消していく事で、強制的に化合物がタンパク質に結合した状態から解離した状態へ変化させます。そして、この過程の自由エネルギー変化を計算します。この方法では、化合物が実際にタンパク質に結合、解離するという、時間のかかる過程を待つ必要がありません。分子を消していくという、非現実的な過程で結合自由エネルギーを計算するので錬金術という名前が付いています。
錬金術という化学の前進となった分野が、現在の計算化学において再度現れてくるというのは、何とも奇妙なものです。

おわりに

MKIのバイオサイエンス部では、大学、製薬企業、研究所などを中心として、創薬支援などの業務を行っており、低分子創薬だけでなく、抗体創薬や核酸創薬などにも力を注いでおります。ITやシミュレーション技術を駆使して、これからも皆さんの病気の治療や健康の向上に貢献していくことを目指します。

執筆者

小甲 裕一
ソリューションナレッジセンター
バイオサイエンス部 バイオサイエンス室

現在、大学や研究所に対する、構造バイオインフォマティクスやケモインフォマティクスなどの業務に従事

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