はじめに
消費行動やトレンドを分析することで、新たな商品開発・ブランドを立ち上げる等、マーケティングDXというテーマでの消費者データ活用が急激に進んでいます。この記事をご覧の皆様の中にも、社内外から集めたデータを元に分析技術や機械学習を使いこなして企業の成長に貢献したいとお考えの方も多いのではないでしょうか。
今回のMKIナレッジでは、近年、海外の企業を中心に導入が進むソーシャルデータ(消費者・生活者がソーシャルメディア上に投稿した情報)の分析について、経営支援としての活用可能性にフォーカスして解説します。
ソーシャルデータ活用の背景
米国・英国ではすでに生活者ビッグデータを用いた商品開発イノベーションが普及段階に入ってきました。ペプシコやユニリーバといった企業が、ソーシャルデータを商品開発に取り込むことで新しいトレンドを生み出した説得力のある事例を発表しています。こうした背景もあり、海外だけでなく国内の企業でも、マーケティングDXの一つとしてソーシャルやオンラインの情報を積極的に活用する動きや、それらの情報を新たな価値創造のための経営資源として捉える動きが加速しています。
これまで、商品開発や研究開発等は、①自身のビジョン・熱意で進めるビジョン先行型の事業推進や、②購買データや自社ECの検索履歴等を活用したPDCA型の事業推進等が中心でした。一方、海外でのソーシャルデータ活用における最近の傾向は、ビジョン先行型のアプローチにソーシャルデータの分析結果を加えた③仮説・アイディア積み上げ型での事業推進や、PDCA型のアプローチにソーシャルデータの分析結果を加えた④共創パートナー型のアプローチが増えているように感じています。
三井情報が国内総販売代理店を務めている英Black Swan社のトレンドスコープは、ソーシャルデータの収集や複雑な加工・演算を自動化し、担当者の手を煩わせることなくソーシャルメディアの分析ができるデータ分析基盤です。既存データをベースとした自社データ基盤と連携することで業務効率化を実現し、新しいトレンドの創出を支援するAIですが、こうしたAIが生み出された背景には上記のような企業における検討アプローチの変化があると考えられます。

図1:データ活用4つのパターン
トレンド分析にAIが活用される理由
商品開発やマーケティング担当者はデータを分析し、分析したデータに“自身の価値観を加えて”、ビジネスを成長させるための“次”につながる仮説を探していきます。その際、分析に利用するデータは以下の3つの視点で探索するケースが多いのではないでしょうか?
- 洞察(生活者は何を求めているか?何をされると嬉しいか?)
- 観察(今、どのような変化が起きようとしているのか?)
- 観測(自身が立てた仮説がどうなっていくのか?)
この3つの視点の中で観測は、洞察・観察と比べ担当者のスキル・経験によってばらつきが出やすく、またインプットされるデータの影響(認知バイアス)を受けやすいです。以下は、観測を行う際の行動パターンの例ですが、一連の行動を繰り返すうち、人は無意識に自分の主張を強化する都合の良い情報や、自分自身の思い込みを正当化する情報を集めがちです。そのため、分析はバイアスがある前提で行わざるを得ませんでした。
<観測を行う際の行動パターンの例>
- 社外の専門家との情報交換から仮説を立ち上げていく。
- 調査会社へ調査依頼し、その調査レポートから仮説を立ち上げていく。
- 有名口コミサイトの情報やインフルエンサーが発信する情報から仮説を立ち上げていく。
- 自身の仮説をソーシャルリスニングツールで検索し、検証する。
AIを活用したトレンド分析には、こうした人によるバイアスを極力排除し、フラットな目線で示唆を得られることが期待されています。
トレンド分析が活用できる10の業務
AIによるトレンド分析を活用できる業務にはどのようなものがあるのでしょうか? ここでは例として10の業務をご紹介します。
詳細は表1を確認頂ければと思いますが、既存ブランドの製品追加・改善、新規ブランドの立ち上げ検討、研究開発のスピード化、販売戦略・広告戦略への活用、売上の原因分析、在庫リスクの削減等が挙げられます。
表1:AIによるトレンド分析を活用できる10パターン
既存ブランドに SKU追加する検討 |
既存ブランドのソーシャル上の評価を確認。自ブランドと関連してソーシャル上で会話している内容等を把握し、新SKU検討に活用する。 |
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既存ブランドの 製品改善を検討 |
既存ブランドのネガティブ要素、及びその製品カテゴリーに関する生活者のネガティブ要素を確認し、商品改善の検討に活用する。 |
新規ブランドの 立ち上げ検討① |
新ブランドを立ち上げる際に、ヒントとなった他ブランドがソーシャル上ではどのような評価をされているかを確認し、自社の強みを掛け合わせ新ブランドのコンセプトを検討するために活用する。 |
新規ブランドの 立ち上げ検討 ② |
新たに参入したい製品カテゴリーのみ決まっている場合、その製品カテゴリーの他社ブランドがどのような点で評価されているか、また、製品カテゴリーにおける生活者の不満を確認し、自社ブランドのコンセプトを検討するために活用する。 |
ブランド戦略における客観的なトレンド性評価 | 社内で新ブランドや新商品の企画書が回ってきた際、企画書に記載されている内容やコンセプトが、ソーシャル上でどのように生活者に受け入れられる可能性があるか客観的に評価するために活用する。 |
研究開発部門主導の製品開発 | 研究部門主導で試作品開発を行う場合、試作品を顧客へ提供・ヒアリングを何度も繰り返していく場合があるが、ソーシャル上で開発テーマについてどのように生活者に受け入れられる可能性があるのかを事前に確認することで、研究開発のスピード化を図るために活用する。 |
ブランドコミュニケーションにおけるトレンド性の評価 | 自社ECサイトの運用の際、ブランド内で生活者が会話している関連性の高い商品(例えば、美容液とバーム等)を近くに表示せる、自社他ブランドと関連性の高い商品(例えば、洗剤と手洗石鹸)を近くに表示させる等を検討し、ECサイトやMA施策検討に活用する。 |
新商品の広告宣伝 プランの評価 |
新商品開発時に広告宣伝プランを広告代理店から提案を受けた場合、その提案内容がソーシャル上のトレンドと比較した場合の評価を行い、もしギャップがある点があれば、その点について議論を深めより効果的な広告宣伝を行うための検討に活用する。 |
ソーシャル上の評価と実購買データのギャップ比較 | ソーシャル上の評価は高いが、実購買に結び付いていない場合、ソーシャル上での評価が高い点が、実際のマーケティングキーワードとギャップが無いか?同一製品カテゴリーで勢いのあるブランドは何か等、原因の探索に利用する。 |
在庫リスクを削減するための生産計画の最適化 | ID-POSや自社ECサイトの購買データ、検索データ等から生産計画を立案することが多いが、コロナ禍でそうしたデータ分析の精度を出すことが難しくなっている場合、最終調整の参考データとしてトレンドの情報を活用する。 |
一方で、これまでこうした業務にソーシャルデータを活用したトレンド分析が定着しなかったのには、従来の検索型のソーシャルリスニングツールはユーザにある程度業務知識と専門性があることが前提で、且つプログラミング知識がないと分析レポートが作成できないこと、或いは社内の専門家を満足させる分析レポートとならないといった原因が挙げられます。
トレンドスコープを活用した分析手法(例)について
最後に、AIを活用したトレンド分析の手法についてトレンドスコープを使った事例で説明します。
トレンドスコープは、Twitterデータやブログやメディア上の会話データを収集・整理・分析・可視化するAIです。分析の切り口のことをレンズと言い、ベネフィット・テーマ・ブランド・製品・素材といったレンズで分析が可能です。
図2のようにグラフの縦軸は、TPVスコアと呼ばれるトレンドスコープが独自に算出したトレンドの注目度を示しています。グラフの横軸はトレンドの成熟度を6段階(黎明、出現、成長、成熟、下降、衰退)のフェーズで示しています。各トレンドのキーワードが黄色いドットとして表現されるのが特徴です。

図2:トレンドスコープのUI
トレンドスコープで表示されるトレンドの成熟度は、PPM分析(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント分析)と重ね合わせて検討することでトレンドの理解を深めます。
例えば、商品開発で利用する場合、以下のようなデータの見方をします。
- 中長期的な視点で商品開発を行う場合は、黎明・出現のフェーズのキーワードを重点的に探索し、新たなトレンドとなりえるキーワードに注目、それを差別化要素として検討する。
- 短中期的な視点で商品改善を行う場合は、成長・出現のフェーズのキーワードを重点的に探索する。生活者が感じているブランドの評価、或いは製品カテゴリーに不満に思っている点を発見し、改善内容として検討する。

図3:トレンドスコープのデータの見方
では、実際にどのような形でデータを纏めていくかを説明します。例えば、社内の商品企画会議で、「30代前半の生活者向けのスキンケア商品を開発したい。」のでデータ分析をして仮説を立ててほしいという要望を受けたとします。
はじめのステップとして、トレンド分析を3ステップで行います。
STEP1:スキンケア市場全体で、成長・成熟フェーズの製品を確認します。(図4の一番左がその結果)
STEP2:スキンケア市場全体で、黎明・出現フェーズの製品を確認します。(図4の中央がその結果)
STEP3:30代前半のデモグラ(統計学的属性)に絞った形で、製品を確認します。(図4の一番右がその結果)
図4:AIによるトレンド分析を活用した情報整理(例)
こうした形で情報を整理すると、「これまで話題に上がらなかった商品カテゴリー」や「今までの社内常識では提案候補にも挙がらなかった商品カテゴリー」等を発見できる場合があります。こうした発見は議論を進める上で非常に重要なポイントになりえる可能性が高く、例えば、自社のCDP(カスタマー・データ・プラットフォーム)のデータから分析した、30代前半が購入している売れ筋製品のデータも組み合わせて議論を深めていくということで仮説をブラッシュアップしていくことも出来るようになります。
今回は商品を切り口にご説明しましたが、同様の手法を用いて、① 「リフレッシュしたい女性が求める商品」といったテーマを起点として分析する、② 「モイストリペアクリームと一緒に生活者がつぶやいている製品」といった関連性を起点として分析する、③ 「みかん」といった素材を起点として分析する等、様々な切り口で分析を行っています。
最後に
近年、消費者の求めるものが多様化していることもあり、「大ヒット商品」が生まれにくくなっていると言われています。一方で、トレンドを先読みし、新たな市場を切り開いている企業も増えつつあります。AIを活用したトレンド分析で“見落とされているニーズ”を掘り起こし、これまでになかった商品を開発する試みのご参考になれば幸いです。
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久利生 大輔
DX営業本部 バイオヘルスケア営業部 営業室
DX・事業開発チーム マネージャー
2017年から企業向けのDXプロジェクト支援を担当し、20件以上のプロジェクトに参画。
AIを活用した需要予測、電力分野での故障予兆検知等のIoT関連のプロジェクトを経験。現在は、プロスポーツクラブ向けのファンエンゲージメント支援、メーカーの商品開発やマーケティングに関わるトレンド分析等、主にマーケティングDXの分野を担当。
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