はじめに
2026年1月27日(火)にプレミアムセミナー「フェデレーション型TRE活用最前線 海外事例と国内展望」が開催された。本セミナーにはバイオ/ヘルスケア分野のアカデミアや産業界を中心に約70名が参加し、終始活気に満ちたイベントであった。その一部をレポートする。
「フェデレーション型TRE」(Federated Trusted Research Environment)とは、研究機関や企業等の複数の組織が保有するデータを一箇所に集約することなく、各組織の管理下に分散して置いたまま、安全に共同分析を行うための研究基盤のこと。共通の解析プログラムを各拠点で同時に実行し、得られた計算結果のみを統合することで、機密性の高い個人データを外部に持ち出すことなく統合分析することができる。これにより、データのガバナンスや法令遵守を確保しながら、医療を始めとする様々な分野で、組織の枠を超えた高度なデータ活用を実現する次世代の研究環境として注目されている。
開催日:2026年1月27日(火)
会場:三井物産ビル9階(東京都千代田区大手町一丁目2番1号)
時間:13:30 開会 / 17:40 閉会
ネットワーキング・レセプション:18:00
13:30~ 開会の挨拶
登壇者:
三井物産株式会社 執行役員 ICT事業本部長 赤司哲朗 氏
三井情報株式会社 取締役 常務執行役員 CX・DX事業管掌 大島正行
駐日英国大使 ジュリア・ロングボトム 閣下 (CMG)
まずは、赤司氏が「本セミナーの開催が駐日英国大使と三井情報の大島氏の出会いから始まった」と開催の経緯を説明。「三井物産はウェルネス領域を最重要戦略の一つと捉え、海外の病院事業や国内のAI創薬スタートアップ企業・ゼウレカへの支援など、幅広く活動している」と紹介した。また、「特にゲノム等のデータ解析が医療を飛躍的に進化させる鍵になると確信しており、コミュニティや事業を通じた日英の新たな連携に期待している」と語った。
次に、当社の大島が「三井情報は、約半世紀にわたり情報技術を駆使して、製薬企業や大学のバイオサイエンス研究を支えてきた」と実績を語った。「英国大使からご紹介頂いたLifebit社のフェデレーション型TREの可能性に着目し、機能評価や日本市場特有の課題について議論を尽くしてきた」と経緯を説明。「Lifebit社が開発した高度なデータ共有基盤であるフェデレーション型TREを日本に浸透させることで、国内の研究開発力を強化する一助となるはずだ」と決意を表明した。
最後に、ジュリア・ロングボトム閣下は「英国が先行するフェデレーション型TREは、最高水準のプライバシー保護を維持しながら、組織を超えた柔軟な研究を可能にしている」と述べた。また、「Lifebit社と三井情報の提携は、日英が共通のイノベーション・エコシステムを構築していることを示すものだ」と言及。英国のライフサイエンス戦略や科学向けAI戦略、広島アコードに基づく二国間関係に触れ、「信頼に基づく責任ある革新を共に進めていきたい」とし、挨拶を締めくくった。
13:50~ 講演①「複数Cohort利用のFederated解析の重要性」
登壇者:
東京大学医科学研究所 ヒトゲノム解析センター 健康医療インテリジェンス分野 教授 井元清哉 博士
まずは、東京大学の井元博士が講演。厚生労働省が進める全ゲノム解析等実行計画に基づき、「がんや難病の個別化医療と新薬開発の推進を目指す取り組み」について紹介した。「2025年3月時点で約3.1万症例の解析が完了しているが、膨大なデータの管理や、臨床情報を提供する医療機関の負担低減、データ形式の標準化が課題だ」と語った。
「そこで、先行する英国Genomics England等との国際連携を強化しつつ、データを移動させずに解析するフェデレーション型TREの導入が提唱されている」と述べ、「これにより、国内外のデータベースを安全に統合し、AIを活用して“発見科学”を推進することが可能になった」と熱を込めて語った。また、井元博士は「単なる共有件数ではなく、データ活用によってどれだけ具体的な治療成果や新知見が得られたかという成果(KPI)を重視すべきだ」と強調。「患者への還元を第一に、世界標準のデータ利活用サイクルの構築を目指す」と締めくくった。
14:15~ 講演②「東南アジアにおける医療DX取組」・「Lifebitとのパートナー連携によって拓かれる未来」
登壇者:
三井物産株式会社 ウェルネス事業本部医療事業部第三室長 三木雄一郎 氏
三井情報株式会社 DX営業本部 バイオヘルスケア営業部 事業開発チームリーダー 丸山智規
三木氏は、「Value Based Healthcare(コスト当たりのアウトカム最大化)とヘルスケアDXの進展が、製薬企業の成長機会に繋がりうる」点を強調。東南アジアでのヘルスケアDXの具体取組として、IHH HealthcareでのOperational Command Centerの事例を挙げ、インフラ基盤整備やオペレーション改善が進む実態を示し、結果的に病院内でのデータに対する興味・関心度合が向上したことを説明。三井物産としては、「ヘルスケアDX支援を加速し、病院と製薬の間でデータが循環するエコシステムを構築し、Value Based Healthcareの実現に貢献していきたい」と説いた。
続いて当社の丸山が登壇し、「三井情報のバイオ部門が推進するフェデレーション型TREによる日本のバイオ産業活性化」について解説。「日本は高品質なバイオデータを豊富に持ちながらも、データの分断が国際的な共同研究の大きな障壁となっている」と指摘し、その解決策として「Lifebit社との提携により、データを各組織に置いたまま共通の解析コードを同時に実行するフェデレーション型の解析の仕組み」を紹介した。
「この仕組みによりデータの移動リスクを排除し、国内外の多様なデータへの安全なアクセスが可能になり、日本のバイオ産業の成長に繋がる」と説明した。
14:30~ 講演③「AI for Trusted Research Environments (TREs)」
登壇者:
Lifebit Biotech Ltd. 共同創業者兼最高技術責任者(CTO) Dr. Pablo Prieto Barja
Lifebit社のPablo博士は、「データを移動・コピーせず現地で解析する分散型プラットフォームの優位性」を強調した。「この技術はFive Safes(5つの安全性)に基づく厳格なアクセス管理を実現しており、AIを用いてデータ標準化の期間を大幅に短縮する機能を備えている」と言及。「自然言語で対話しながら解析を実行できるAIエージェントにより、技術的専門知識の有無に関わらず迅速な知見の創出が可能になる」と語った。
14:55~ パネルディスカッション
パネリスト:
井元清哉 博士(東京大学医科学研究所 ヒトゲノム解析センター)
松田浩一 博士(東京大学大学院 新領域創成科学研究科 / バイオバンク・ジャパン)
野沢桂 博士(アステラス製薬株式会社DigitalX-R&DX)
奈良原舞子 博士(第一三共株式会社 プレシジョンメディシン統括部)
モデレーター:
押田、丸山(三井情報株式会社)
パネルディスカッションでは、モデレーターより3つの質問が投げかけられた。まずは、“バイオバンクの活用成果と代表的な事例”について。この質問に対してバイオバンク・ジャパンの代表でもある松田博士は、「27万人の検体を用いた20年以上の追跡調査や500報以上の論文発表に加え、疾患リスク予測スコアが社会実装されている成果」を挙げた。井元博士は、「コロナ禍において世界中のバイオバンクが連携し、人種ごとの重症化リスクの共通性や違いを迅速に解明した国際的な枠組みの有効性」を強調。また、野沢博士は製薬会社からの意見として「ゲノム情報の活用が創薬の成功確率を2倍に高める点」に触れた。奈良原博士は「標的検証と適応症探索のために用いられており、希少疾患の薬剤をコモンディジーズへ適応拡大を狙う上での判断材料となった事例」を示した。
次の質問は“バイオバンクの利活用を加速させるための追加データと連携”について。製薬企業の立場から、野沢博士は、「投薬後の経過や画像、病理といったマルチモーダルな臨床情報の拡充が創薬の意思決定に不可欠である」と説き、奈良原博士は「ニーズに合わせた臨床情報の追加取得(リコンタクト)や国内バンク間の申請手順の統一、解析環境の共通化」を求めた。これに対しアカデミアの井元博士や松田博士は、「利便性の高い解析プラットフォームの導入検討や、研究者・医療者・企業が一体となって収集項目を設計するデータが自然に集まる仕組みの構築が必要である」と回答した。
最後の質問、“10年後の展望と今取り組むべきこと”については、奈良原博士は、「イギリスやイスラエルのような迅速な医療情報収集・解析が可能な国家システムの構築が理想」とし、野沢博士は「生成AIが立てた創薬仮説をバイオバンクの検体で即座に検証するエコシステムの実現を構想」した。松田博士は「参加者への解析結果のフィードバックや国内のバンク間リソース連携の強化を重視」。最後に井元博士が、「データを「収集するもの」から「自動的に集まるもの」へ変革させるプラットフォームを構築し、参加者が自らのデータの価値を実感できる双方向コミュニケーションを築くべきである」と提言して締めくくった。
また、質疑応答では参加者から活発な質問が寄せられ、白熱したパネルディスカッションとなった。
写真右から、奈良原博士、野沢博士、松田博士、井元博士、押田、丸山
15:45~ 講演④「レジストリ利活用の現在地と将来展望」
登壇者:
日本造血細胞移植データセンター センター長 熱田由子 博士
熱田博士は、「本レジストリが30年以上の歴史を持ち、13万件を超える症例を誇る」という圧倒的な実績を語った。「学会認定制度と連動することで、網羅率99%という極めて精度の高いデータを構築している点が最大の特徴」と強調。「欧米レジストリとの共通化や共通解析スクリプトの開発を通じて、臨床現場と規制科学の両面で重要な役割を果たしている」と成果を述べた。
「これらの結果、データの質と解析効率が向上し、年間約50本の論文発表という成果に繋がっている」と報告。「今後は、治験の対照群としての利用や検体情報との連携など、マルチプルなデータソースとしての活用を深め、レギュラトリーサイエンスへの貢献を目指す」と決意を語った。
16:10~ 講演⑤ Dr. Adrianto Wirawan ・Dr. James Duboffによる講演
登壇者:
Genomics England
バイオインフォマティクス エンジニアリング部門 ディレクター Dr. Adrianto Wirawan(ビデオ出演)
パートナーシップ戦略責任者 Dr. James Duboff(オンライン登壇)
Dr. Adrianto Wirawanは、「2035年までに医療の過半数でゲノムデータを活用することを目指している」と語り、17万件以上のデータを蓄積した“国家ゲノム研究ライブラリ(NGRL)”について説明した。「データは厳格なセキュリティを誇るフェデレーション型TREを通じて提供され、生のデータを外部に持ち出すことはできない」とし、「解析結果のみが厳密な審査プロセスを経て搬出可能である」と解説した。
一方、Dr. James Duboffは、臨床データと研究成果が循環する“インフィニティ・ループ”の構築を強調。質疑応答では「全ゲノム解析に転写体やタンパク質解析を統合することで、診断率がさらに向上した」というマルチオミクスの画期的な成果が示された。
16:45~ 講演⑥ Mr. Gerald Birringerによる講演
登壇者:
Boehringer Ingelheim GmbH バイオインフォマティクス IT アーキテクト Mr. Gerald Birringer
Mr. Gerald Birringerは、全社的データ基盤“Dataland”とLifebit社の技術を活用したフェデレーション型TREの構築について講演した。「この基盤により、データを物理的に移動させることなく、複数のバイオバンクを跨いだ解析を安全かつ効率的に実行することが可能となった」と強調。「厳格なセキュリティを維持しながら、フェデレーション型の相互運用性を実現することは可能である」と結論付けた。
17:10~ 講演⑦ Ms. Koh Mingshiによる講演
登壇者:
シンガポール保健省 医療変革局(MOH Office for Healthcare Transformation)TRUST オフィス ディレクター Ms. Koh Mingshi (オンライン登壇)
Ms. Koh Mingshiは、「シンガポール保健省が運営するTRUSTは、医療・健康データの安全かつ効率的な共有を支援するプラットフォーム」だと説明し、「匿名化された行政データや臨床データを、政府クラウド上のセキュアな仮想環境で研究者に提供するワンストップサービスとして機能している」と伝えた。「公衆の信頼を確保するため、「Five Safe」(安全な利用者、プロジェクト、環境、データ、出力)という厳格な国際的ガバナンス・フレームワークを採用し、利用目的、データセット、実行環境、アウトプットを多角的な視点で管理している」と報告。「すでに精密医療やがん研究などの国家プログラムで活用されており、現在約400名の認可ユーザーをサポートしている」と付け加えた。
また、「民間企業との連携においては、シンガポールへの戦略的貢献や公共への利益還元を条件とする独自の枠組みを設けている」とし、「今後はフェデレーション解析や連合学習などの高度なプライバシー保護技術の継続的な開発や導入を通じ、医療データエコシステムのさらなる拡大を目指す」と熱く決意を語った。
17:35 閉会の挨拶
登壇者:
三井情報株式会社 ICTコア第三技術本部長 黒岩裕介
最後に当社の黒岩が登壇し、「今後のヘルスケア及びライフサイエンス分野でのデータ利活用において、フェデレーション型TREが極めて重要な取り組みになる」と強調した。「バイオインフォマティクス分野で50年にわたり事業を展開してきた三井情報として、産官学や海外パートナーとの連携を強化しながら、安全かつ持続可能なデータ利活用の実現を推進する」と決意を表明。協力者への感謝を伝え、セミナーを締めくくった。
17:40 終了
登壇者一同の集合写真
写真上段左から、三木氏、大島、丸山、松田博士、奈良原博士、赤司氏、野沢博士
下段左から、 Mr. Gerald Birringer、井元博士、ジュリア・ロングボトム駐日英国大使、Dr. Pablo Prieto Barja、熱田博士
三井情報グループは、三井情報グループと社会が共に持続的に成⻑するために、優先的に取り組む重要課題をマテリアリティとして特定します。本取組は、4つのマテリアリティの中でも特に「情報社会の『その先』をつくる」「ナレッジで豊かな明日(us&earth)をつくる」の実現に資する活動です。
コラム本文内に記載されている社名・商品名は、各社の商標または登録商標です。
本文および図表中では商標マークは明記していない場合があります。
当社の公式な発表・見解の発信は、当社ウェブサイト、プレスリリースなどで行っており、当社又は当社社員が本コラムで発信する情報は必ずしも当社の公式発表及び見解を表すものではありません。
また、本コラムのすべての内容は作成日時点でのものであり、予告なく変更される場合があります。